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先祖の調べ方

先祖の調べ方を教えてください。 わかっていることは ・豪農で地主だった (父が祖父母から聞かされていた話だと、「大」地主ということなのですが それが本当だとしたら、江戸時代には名字帯刀が許されていたはずなのですが、 刀を持っていたという話は聞いたことがない=それほどたいしたものではなかった) ・800年以上前から続いている家系で、わたしの実家が本家筋で周辺には同じ名字の家々があるが、それらはわたしの家からの代々の分家 (800年以上前からというのは、お宮の記録にありました。ここら辺の歴史を調べている某大学の研究員さんが、お宮の記録からこのことをつきとめたそうです) ・庄屋さんをしていた ・村長をしていた (この2つはチラっと聞いただけで本当かどうか定かではありません) ・戦後の農地改革で根こそぎもっていかれた (その残った土地を、祖父の代で祖父の兄弟衆で遺産分配して、さらに父の代で父と父の兄弟で分配しました。その父の受け取った遺産というのは、父の死後わたしたち子供が分配して受け取るとなると、ひとりあたり億は下らんというのが、実家の土地や資産の管理を任されていた 母の言い分(某大手金融務め)です) ・わたしの母の実家の本家筋は武家の家で、旗本でその家のおじいちゃんが、戦時中は このえへい?だか、このえしだん?だかに入っていたらしい。 祖父はわたしの母を父の嫁にもらったことを「家に箔がついた」と喜んでいたらしい ・家紋は、わたしの名字だと大きくわけて2種類あり、菱紋と名字の一部になっている植物をかたどったものに大別され、わたしの実家は菱紋になっています。まあいってしまえば、三階菱にちょっとつけくわえたようなものです。これはいつからのものなのか。どういったルーツがあるのか わたしがしりたいのは ・実家の名字はいつからのものなのか (同じ名字で戦国時代に某武将が、隣県の地から、わたしの実家のある地にやってきました。 その人の俗姓を使わせてもらったのだとしたら、どうして?豪農って小作や貧農ではないものの 要は農民です。身分不相応だったのではないか?あるいは明治になって庶民も名字をもてるようになってからのものなのか ・豪農で地主だったというが、戦前にはどれくらいの土地を所有していたのか ・地主だったり庄屋だったりしたら、奉公人や下人を雇っていたはずだが、そういった話は聞いたことがない ・豪農、大地主の身分であったなら、明治~昭和初期まで、なんていうんでしたっけ?多額納税者がなれる議員・・・あれになっているかと思うのですが、そういった話も聞かなかった。 (地主というのは本当であったとしても、弱小地主だったのでは?) ・地主であったことはたしかだと思うのですが、庄屋とかで農民とはいえそこそこのものだったとしたら、なんらかの遺物が残っていてもおかしくはないのではないか? こういうことってどうやったら調べられますか?

みんなの回答

回答No.4

ご質問読ませていただきました。 特に伝承されてない事があるからと不思議に思わないでください。人間は高度な感情をもった動物です。言いたくない事、忘れたい事、当たり前の事は伝わりません。150年前の大地震の件すら伝承されていない家もあるのです。 とにもかくにも、正直、大変な作業になります。私の経験からご説明します。私も若いうちにと思い、現在調査中ですが、道半ばでとん挫しております。お覚悟ください。 (戸籍謄本の入手) 現在は明治当初の戸籍謄本は、どこの市町村でも廃棄されています。もし、明治の最初の戸籍謄本をお持ちであれば、そこには「公家」「武士」「平民」等の身分記載がありますので、少なくとも明治維新直前までの身分は分かります。 まずは、戸籍謄本を母方父方両方を、遡れるだけ入手ください。今回は他県の市町村に赴く場合がありそうですが、資料を用意すれば、郵送で対応してくれる市町村もあります。また、担当者により、戸籍がないと言う場合もありますが、担当者が変わると戸籍がでてきます。これで、明治以後の、ご質問者様家の成り立ちが理解できます。たぶん、知らない親戚・先祖も出てきます。 (過去帳の入手) まずは、菩提寺の仏教の宗派を知ることです。家により、仏教でなく神道の場合もあります。また、一時期神道に鞍替えしている場合もあります。 過去帳をお持ちであれば、戒名・法名等の院号・文字で、ご先祖の地位・身分を推察できます。また、過去帳がない場合は、菩提寺に過去帳があることもありますので訪ねてください。差別問題等で、お寺により過去帳は無いと言われる場合、もしくは見せてくれない事もありますが、目的を真摯に話してください。 (先祖の遺品の整理) 蔵・物置・手文庫にあるご先祖が残した古い書類・郵便物等がれば、それを時代ごとに整理しましょう。時代ごとの家の状況やどんな人・組織と関係があったかがわかるはずです。江戸時代の物があれば、そこから当時の身分等がわかります。 (親戚訪問) ご質問者様がしらなくても、ご親戚がご当家に関する事を聞いている場合、あるいはご当家に関する物を所持している場合があります。近しいご親戚にもお声かけください。 (お寺について) 複数のお寺と付き合いがある家もあります。つまり、菩提寺以外のお寺もあります。 江戸時代には大切な家宝(例えば掛け軸・壺・刀)を寺に預ける習慣がありました。何か預けている場合もあります。 お寺も血縁関係が継続されているお寺なら、この過去帳の字は祖父の字だと話すこともありますが、最近は後継者がなく、お婿さんや他県から来た縁のないお坊さんがいたりして、お寺の事が伝承されていない場合もあり、つまり、聞いてもわからないのです。 (神社について) 先ほど少し話しましたが、昔から神道の家もありますが、家の家計が苦しくなると、いわゆるお寺で言うお布施になるお金が安い神道に鞍替えする家もありました。 江戸時代、藩により違いますが、奉納する絵馬に限り、絵馬に苗字を記入する事を許可していた藩もありました。 (書籍資料の購入・コピー) 明治から現在までの関連する市町村誌・人物誌・商工会誌・地域誌にご先祖の事や名前・地位が記載されている場合がありますので、図書館・古本屋は必ず行かれた方がよいです。一般な苗字・家紋・地名に関する本、くづし字辞典も利用ください。 (土地について) 法務局にて、明治期からの、土地の所有者の変遷を書面で入手できます。ただ1件4000円のお金がかかりますので、目的を法務局にて相談のうえ対応ください。 (近衛兵について) 本人が過去に太平洋戦争以前の戦争にも参戦している。 犯罪者がいない家。 共産党でない家。 旧家で社会貢献している特農家。 以上のような条件を満たしているため近衛兵になれたと思います。 現在、ご先祖の軍歴簿が、三等身以内の方なら、県庁で入手できます。 (税金について) 明治から昭和24年頃まで、特に相続税が高く、殺人税とも言い、実際払えず自殺する人もいました。ちなみに、昭和初期で、相続すると1~2週間かけて税務署で申告しました。近くに税務署がない遠方の方はたいへんです。 (苗字について) 苗字は鎌倉時代からありました、おおよそ今から800年前です。地方の豪族は基本的に地名や荘園の名を苗字にしていました。 ○○県または○○府姓氏大辞典などで調べると、地域のその姓の由来が、現状どこどこの家が本家でと、家紋も明記されています。隣県から来た戦国大名と同じ苗字であることは、この本があればわかると思います。 (その他) もちろんですが、地主も高額納税者も大中小あったと思います。 具体的なお名前、家紋、地域がわかりませんので、十分ご説明できませんが、私なりに知りえている事をお伝えいたします。何かありましたら、遠慮なくご連絡ください。 以上、参考まで。

suzu2014
質問者

お礼

すっごく詳しくありがとうございます。 どうすればいいのか、見えてきました。

回答No.3

苗字の来歴についてはまずご自分の家の系図、そして地元の古文書を当たることです。 国会図書館のアーカイブには閲覧可能な古書が多数あります。 質問者さんの地元を治めていた藩の記録などを見れば豪農なら名前が出てくる可能性があります。 戦国時代の武将であれば尊卑分脉、武家諸姓分脈系図、各種武鑑などに系図が出ています。 土地所有についても藩の記録に縋るしかありません。 文書だけでなく古地図などにヒントが隠れている場合もあります。 奉公人・下人については家に記録が無ければお寺に聞くしかないでしょう。 多額納税者議員についても手始めは国会図書館のアーカイブを虱潰しに調べていくことでしょう。 遺物は各家庭の問題なのでなんとも言えません。 ちなみに、我が家の場合、先祖伝来の宝刀は進駐軍に取り上げられました。

suzu2014
質問者

お礼

>質問者さんの地元を治めていた藩の記録などを見れば豪農なら名前が出てくる可能性があります。 なるほど、そういう手があったのですね! >奉公人・下人については家に記録が無ければお寺に聞くしかないでしょう。 奉公人、下人の存在とは別に、質問文には書き忘れたのですが 地主なら「小作」をもっていたはずなのではないか?という疑問もありました。 >我が家の場合、先祖伝来の宝刀は進駐軍に取り上げられました。 そっか、刀を保有していても戦後のGHQに持って行かれたという可能性もありますね。

  • ithi
  • ベストアンサー率20% (1972/9601)
回答No.2

suzu2014 さん、こんばんは。 あなたのお母さんの実家は小笠原氏でしょうか?そうだとすれば、母方の方も相当古い家系ですね。総本家は多分、豊前小倉城主の小笠原氏15万石でしょうか?となると、分家も旗本というのはかなり確定だと思います。 あなたの実家がどの位の田畑を持っていたか?800年以上前から続いている家系である以上、本家からあなたの実家である分家に対して何らかの形で田畑を分配していたと考えられますね。県レベルの図書館にある郷土史コーナーであなたの家系を調べるべきです。おそらく大体の田畑の所有量がわかる(推定だと20町歩以上)と思います。 小笠原氏 http://www2.harimaya.com/sengoku/bukemon/bk_ogasa.html

suzu2014
質問者

お礼

ありがとうございました。 >800年以上前から続いている家系である以上、本家からあなたの実家である分家に対して何らかの形で田畑を分配していたと考えられますね。 これは800年前にわたしの家(本家)が始まりは、これもまたどこぞかの家の家から分家して、始まったということでしょうか。考えてみれば800年前の先祖にも当然その父や母(一般的に男性継承でしょうが)祖父母がいたのですよね。 >県レベルの図書館にある郷土史コーナーであなたの家系を調べるべきです。 こういうところにも、資料があるのですね! ネット上で先祖の調べ方を調べていたのですが、菩提寺の過去帳をさぐるとか神社の記録をさぐるというのばかりで、文字が読めないのにどうやってやればいいのだろう?と困っていました

suzu2014
質問者

補足

すみません、誤解をさせてしまったようなので訂正させてください。 わたしが知りたい、800年以上続いた家というのは、父方の家です。 (本家でわたしが生まれ育った家です)

  • tzd78886
  • ベストアンサー率15% (2590/17104)
回答No.1

戸籍を辿っていけばある程度は調べられますが、せいぜい幕末までです(戦争で焼けてしまって不可能な場合もあります)。あとは親類を片端から当たってみるくらいでしょうか。そういうことに興味がある人が記録を取っていることもあります。

suzu2014
質問者

お礼

ありがとうございました。