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詩の解釈<土くれと小石byウィリアムブレーク>
いつもお世話になっています。 土くれと小石 愛は自分の歓びを求めたりはしないよ、 自分のことを気にかけようともしない。 ほかの人に安らぎを与え、 地獄の絶望のなかに天国を築くんだ。 牛の足に踏みつけられた 小さな土くれはこううたった。 しかし小川の小石は 震える声で本当のうたをうたった。 愛が求めるのは自分の歓びだけ、 自分の歓びのために他人を縛ることだけ。 他人の楽しみは安らぎを奪い、 天国の悪意のなかに地獄を築く。 このウィリアムブレークの詩で、土くれと小石はなぜ、違った愛に対する考え方を持っているのでしょうか。そもそも「土くれ」と「小石」は何を表しているのですか?上手くこの詩を解釈出来ません。 どなたか詳しい方、解釈が得意な方、教えてください。 お願いします(^^)
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初めまして。詩の解釈などとは縁の無い学生ですが、思ったことを書かせて頂きます。 きっと「牛の足に踏みつけられた小さな土くれ」というのは、人の下で使われる立場の労働者や、社会的弱者、又は一般人の他に縋る心のようなものを表しているのではないでしょうか。現実が厳しくて苦しいから、何か別のものへ夢を見る、希望を抱くと。 そして「小川の小石」は反対の中~上流階級の人間、人を支配する立場の者で、しかし幸せを感じているわけではないモノのことで、現実はそんなに素敵じゃないよ夢を見るな、という感じで……。 または土くれも小石も同じ立場の人間だけど、片方が夢を追い求めるロマンチストに対して、もう片方がシビアなリアリストだとか。楽観論者と悲観論者だとか。 挙げてみると次々出てきてしまいますが、如何でしょうか。 よく「勘違いが多い」と言われるので、的外れなことを書いているかもしれません……。 駄文失礼致しました。
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- SE_goma
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私も詩の解釈等とは無縁のものですが、自分なりの解釈を書きます。 >震える声で本当のうたをうたった。 「本当の」というのが気になりますね。 土くれのような人もいて、小石のような人もいて 人それぞれなんだね、という内容ではなく、 明確に小石の主張を肯定しているように取れます。 参考URLをみると、ブレークという人は反キリスト教的な 思想の持ち主のようです。 前者の土くれの語る「愛」はキリスト教が説いている愛の形であり、 それに対してブレークは 「そうはいっても所詮人間の愛なんてどこまでもエゴイスティックなもんだろ」 と揶揄しているのでは?と思いました。
お礼
「本当の」って強調している所が怪しいですよね^^; この詩は「経験のうた」という詩集に含まれているので、やはり小石の主張の方を肯定しているんでしょうね。 そういう解釈も出来るのか~^^ とても参考になりました。 参考URLまで有難う御座います♪
お礼
なるほど…。 確かにブレイクは階級や貧富などテーマにした詩を作っているので、その線は大有りです! 有意義な回答を有難う御座いました^^ めちゃくちゃ助かります。