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仏陀の仏教の教えは、後年の老人になったブッダが精舎

仏陀の仏教の教えは、後年の老人になったブッダが精舎という今でいう老人ホームで老人に説法した話だったって本当ですか? 老人ホームで仏陀が青年期の思い出話を語ったのが書籍化された? 弟子は老人ホームには同居人の高齢者たちってこと?

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回答No.4

祇樹給孤独園精舎の事ですね。 身寄りのない人のお世話をする富豪の名前からきているようですよ。 仏教の説法の為のお寺としてこの富豪が建築し寄贈したそうですね。 老人ホームではなさそうですね。

blackkigyou2017
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その他の回答 (3)

  • FEX2053
  • ベストアンサー率37% (7995/21381)
回答No.3

一つだけ確実なことは、「ブッダは弟子を取ってない」 「ブッダは自身で経典を残してない」ってことです。 逆に言えば、仏教の経典は極論すれば「ファンのブログ」 でしかないんです。なので、その点でいろいろな解釈が 可能になってしまい、流派によって経典の解釈が物凄く 違うんですね。 なので、「ほんとのところは分からない」が正しいのでは ないかと思います。

blackkigyou2017
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回答No.2

 私も勉強したわけではないのですが  知っていることをお話しいたします。  仏陀は釈迦国の王子として生まれ、何不自由なく育ったのですが  あるとき東西南北の4つの門の外にいる   死人や 死にそうな病人や 老人 生きることに絶望した人等を見て  人生には 生 老 病 死 という悩みがあるという事を知り  人々を救う為 19歳で出家し 30歳で悟りを啓きました。  そしてインドの菩提樹の下で人々に自分の悟りを次々に語り始めました。  最初は人々に悟りの知識がある事を教えるため  難しい話をするのですが、  次に誰もが判るような易しい教えを説き  順々に難しくしていき 最後の8年間で最高の教えとされる法華経を説き  死ぬ直前一日一夜で涅槃経という教を説き(涅槃とはなくなる事)  50歳で亡くなりました。  ですから老人ホ-ムなどではないのです。  釈迦国の王子という事で仏陀は釈迦と呼ばれるようになり  その釈迦亡き後 哀しみにくれる中で 弟子たちが「如是我聞」  私は釈迦からこのようにお話を聞きましたという事を語り始め  その語った言葉をもとにしてできたのが「仏経典」なのです。  釈迦の弟子たちは優秀で 一度聴いたら忘れないという「多聞第一」の人  「智慧第一」の人等10大弟子と言われる素晴らしい弟子が10人いたのです。  その中には舎利弗尊者とか弥勒菩薩とか有名で今も人々がその名を知っている人がいます。  老人ホ-ムで仏陀が語ったのではありません  出家前の釈迦にはマヤ夫人という奥様がいて子供もおりました。  しかしその釈迦の説いた最高と言われる法華経も  釈迦滅後3000年には功力が無くなり(末法と言われる時代)  人々は塗炭の苦しみに喘ぐであろうと言われており  その時には又新しい人々を救う仏が出現するという予言が法華経の言葉の文の底に  沈められていると書かれております。  (法華経は末法の仏の預言書と言われております。)  今は釈迦滅後3000年を過ぎているのでその仏陀の言われた末法の時代です。  詳しくは、長くなりますので、ここでは、書けませんが   そのようないきさつがあります。      

blackkigyou2017
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  • kurinal
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回答No.1

こんばんは。 自分が知る限りで、お答えさせて頂きます。 仏陀(ブッダ?)は、(ある疑問「世の中、どうして、こんなに苦しみがあるんだろう」を持って) 極限の状態まで自分を追い詰める苦行をしましたが、その後、「おかゆ」を食べて、 「「苦行」だけが、真理へ到達する道ではない」と悟った、ということです。 2600年前のインドに、老人ホームが有ったかどうかは、存じ上げません。

blackkigyou2017
質問者

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