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日米戦の勝敗の帰趨を決した戦い

日米戦の勝敗の帰趨を決した戦いは何だったのですか?因みに僕は歴史に関してはド素人なんですけど、「天下分け目のミッドウェー」という言葉があるぐらいだから、日米戦の勝敗の帰趨を決した戦いはミッドウェー海戦だとずっと思ってたんですけど、実際はどうなのですか?

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  • ithi
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回答No.6

mkfdh さん、こんばんわ。 私もミッドウエー海戦がある意味、日米における一つの転換点であることには変わりないと思います。しかし、今度はアメリカが主導権を握るガダルカナル島攻防戦の方が日米戦の勝敗の帰趨を決めたと思います。なぜなら、ミッドウェー海戦で空母が4隻沈みましたが、まだ、実は戦力的には日本が有利でした。 しかしながら、ガダルカナル島攻防戦での日米の消耗戦で日本が疲弊していったのは事実です。たとえば、備蓄してあった600万トンの重油が海戦一年足らずになる昭和17年11月には150万トンにまで落ち込んでしまい、これが、日本軍の行動の足かせになっていきました。また、飛行機自体も開戦以来の熟練パイロットがたくさん死んだので、技量不足のパイロットを前線に送り込まなくてはなりませんでした。艦船もたびたび繰り返される海戦のたびに何隻も沈み、そこはアイアンボトム水道と呼ばれる海域もあるくらいでした。これらは日本が敗戦するまで回復しませんでした。 一方、アメリカ軍は強力な補給能力を持っていたので、回復どころかかえって戦力が充実していきました。ここから、アメリカ軍の怒涛の反撃が始まり、日本は後退局面に入ってしまうのです。

mkfdh
質問者

お礼

回答ありがとうございました。ご意見は参考になりました。ガダルカナル島攻防戦は当然出てくるご意見だと予想してましたけど、どちらがターニングポイントだったか判断するのは改めて難しいと思いました。

その他の回答 (12)

  • rokometto
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回答No.2

物理的にはそうですね、ミッドウェーです。 しかし私は開戦前に負けてたと思います。 理由は暗号を全部解読されて、もってる戦力、資源、狙ってる場所や作戦がモロばれだったからです。 事実ハルノートは日本の石油備蓄が一年以内に亡くなる量になったとたん出されましたしね。 鉄鋼の生産量も食料の生産量も何十倍も負けてたので負けは決定ですよね。

mkfdh
質問者

お礼

回答ありがとうございました。ご意見は参考になりました。身も蓋もない言い方をしてしまうと、確かにその通りなんですよね。

  • lv4u
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回答No.1

基本は、それでいいと思います。 ミッドウエー海戦では、日本海軍の誇っていた優秀な空母が一気に4隻も沈められました。 戦力的には日本が2倍とも言える状況でしたけど、逆に、指揮官の決断力の無さと、敢闘精神不足によって、その戦力差を有効に使えませんでした。まあ、日本空母は攻撃にたいする脆さがあったのが空母4籍も沈んだ原因でもありましたけどね。 このときに、同じくして優秀なパイロットたちが多数亡くなったといいます。 そのため、その後のマリアナ沖海戦では、未熟なパイロットが操縦する日本機がゲーム感覚でどんどんと米軍機に撃墜されました。 これを米軍は、「マリアナの七面鳥撃ち」と揶揄しました。また、このときに空母3隻を沈められたので、これ以降、制空権・制海権は完全に米軍のものになったそうです。

mkfdh
質問者

お礼

回答ありがとうございました。ご意見は参考になりました。確かにおっしゃるように、敗因って芋づる式に繋がってる面がありますよね。