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無併合 無賠償 民族自決について
第一次世界大戦終わって ドイツはものすごい賠償金を払うことになりましたよね それなのに この無併合無賠償民族自決ってなんですか?
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第一次世界大戦中、まずロシア変わってソ連が 大戦後のベルサイユ会議でアメリカがくしくも、 同じ事を主張しました。「無併合無賠償民族自決」 ですね。戦勝国が敗戦国から取れるだけとるのが 当然であったそれまでの戦争のなかで画期的な考え です。要は領地やお金を奪うからそれが恨みとなって また次の戦争の原因になるから奪うのをやめようと いうこと。もう一つは世界中すべての民族は自分の 国をもち自立する権利があるということ。 なぜ実現しなかったのか? それは戦勝国である英仏2国にとって認められない 内容だったからです。この大戦後にできた国際連盟は 実質、英仏2国に決定権があるほどの超大国でした。 戦いに勝ったのだから奪いたいという初歩的な考え だけでなく次の2つの考えが秘められていました。 (1) ドイツが2度と刃向かえないよう徹底的に弱体化 させる。軍備制限、経済崩壊(超ハイパーインフレ)。 ⇒この恨みがまもなくヒトラーによってドイツ民族を 団結させる結果に。 (2) 民族自決は東ヨーロッパ地域だけ認める。すなわち ドイツとロシア(ソ連)が支配した地域を独立させて 両国の力をそぎ落とすのが目的。英仏米日が支配する 地域の独立は認めない。 ※ ご存じですか?この後、すぐに日本は力の弱った ドイツが領有していた中国南部のチンタオや太平洋 のドイツ領を占領し自国のものにしています。 日本はドイツから奪い、ドイツのヒトラーは日本を 「黄色い猿」と著書で表現したこの2国が次の大戦 では同盟するのですから、あきれます。
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%92%8C%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%B8%83%E5%91%8A ↑あくまで、ソヴィエト政権の初期の外交政策っていうことみたいですね。 同様にアメリカ大統領ウィルソンの「十四か条の平和原則」なんかも、イギリス、フランスに無視されています。
お礼
言っては見たものの 実行はできなかったってことですか! ありがとうございました