- ベストアンサー
アダム・スミスの価格理論とは?
- アダム・スミスの価格理論は市場価格の変動によって需要と供給が自動調整され、安定した社会が形成されるという考えです。
- 彼の自然価格論では、労働者・資本家・地主が利益を追求しても結果的には同じ賃金・利潤・地代に収束すると主張しています。
- アダム・スミスはBの考えを通じてAの価格メカニズムの重要性を理解していたと言えます。
- みんなの回答 (2)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
1番回答者です。 訂正とお詫びです。 「も」を入れるのは、アダムスミスの考えからするとおかしいのではないか、要約が間違っているんじゃないか、という指摘は書きすぎであったと考え直しましたので撤回し、謹んでお詫びします。 私の理解する範囲では、アダム・スミスは「神の見えざる手に導かれた社会は良い社会だ」と言っている(少なくても否定的には見ていない)はずなので、「も」が入るのはやはりおかしいのです。 しかし、個々の人間は我欲に導かれて、自分だけがいいめをしよう、他を出し抜こうとしていろいろ工夫しているわけなので、個人の立場で言えば、まさに『私有財産の用途を求めて"も"』無駄な社会は、残念無念!状態な社会であるのは事実。 アダム・スミスがそういう私人、我欲の人の立場で論文を書いていないとは言えないので、「も」が入ることはありうる。間違いではない、と考えを改めました。 とすると、観察する立場、表現の立場を変えただけで、AとBは同じ線上にあることになりますので、 (1)社会を観察して、Bの現象に気づいて、A理論を打ち立てた(帰納的)のかもしれません。 つまり、質問者さんがお書きの通り、Bの考えからAのことが分かったのかもしれません。 (あくまでもカモしれないであって、そうだ、と断定させるような記述はないと思われます) (2)AとBは内容的には大体同じようなことを言っている、と言ってもいいかと思います。
その他の回答 (1)
- fujic-1990
- ベストアンサー率55% (4505/8062)
私は経済専攻ではありませんが、経済原論などの授業を取ったことはあります。まあ、その程度ですが。 A が先で、それをつきつめて考察した結果、B?に行き着くと考えたのだと思います。 なぜなら、Aはすごく素直な考え方で、私のような素人でもすぐ理解できることです。 しかし、Bを理解するまでに何度も読み直さないといけなかったからです。難解です。 ふつう、物事は簡単なことから先に気がつくものですから、Aが先だろうと思います。 Bが難解なのは、まあ、単に質問者さんの書き方が文法的におかしいのかもしれませんが (゜_-;\(`。´) 「求めて」が2度書いてあるでしょ、その2度の「求めて」がどういう関係なのか・・・ な、とか、2度目の「求めても」の「も」の意味とか。 特に、この「も」って、「用途を求めて"も"、ダメだ、無駄だ」とか、「用途をもとめて"も"、要求は満たされない」という「否定の言葉・気持ちが続く"も"」ですよねぇ? Bは要約が間違っていませんか? 「労働者・資本家・地主がさらに有利な利用を求めて、私有財産の用途をいろいろ開発する結果、(自然な流れとして)賃金も利潤も地代も等しくなってしまう」 と要約するべきではありませんか?(以下、B' と呼ぶ) B' のように理解するなら、個々人の欲に従ったバラバラな努力が、神の見えざる手にいざなわれて、バランスの取れた好ましい統一体になる、という実に、アダム・スミス的な考えだと思えるのです。 B' はAと「全く同じ」というわけではありませんが、B' はAとおなじ線上にあると言って良い思います。あえて言えば、だいたい同じ。 B' であれば、(冒頭ではAが先と書きましたが)B' のような社会現象を観察しているうちに、Aとして「理論」をまとめる(帰納)ことができたのかもしれないな、と思います。 つまり、アダム・スミスはB' の考えから、Aのことが分かった、と言えるのかもしれません。 しかし、私の要約(B’説)が間違いなら、つまり 「みんながそれぞれに用途を求めてどんなにがんばって"も"、無駄。結局等しく均衡しちゃうんだよねぇ、残念!」という意味・ニュアンスなら、BはAとまったく別物でしょう。 Bはアダム・スミス的とは思えません。
お礼
ありがとうございました。色々勉強になりました。まだ私は経済学初心者で最近少し本を読み始めてばかりで、回答者様のような素晴らしい考え方や、意見を持っていません。今回の質問もあまり深く深く考えたうえで質問をしたものではなかったので、ちょっと言い方とかおかしい?かなと思うところもあるかもしれませんが、これからも色々知識を増やすために経済学全般をさらっと読んで勉強していきたいと思います。 細かくご回答いただいて本当に感謝いたします!