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寺山修司の言葉
寺山修司の言葉で「血は立ったまま眠っている」や「炎はガラスのスポンジである」などの意味が分かる方教えて頂きますか?
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- Ganymede
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もし、専門家のご回答があるなら、素人の私など出る幕ではない。しかし、一つも回答が付かずに放置されているのを見て、拙い考えを述べてみる気になった。 一言でいうと、寺山修司は逆説ではない。 逆説(小学館『大辞泉』) 一見、真理にそむいているようにみえて、実は一面の真理を言い表している表現。「急がば回れ」など。(引用終り) 急いでるなら最短距離を突っ走れ、が真理のはずだが、私たちは「急がば回れ」という表現にも納得する。 ところが、寺山修司の詩句は「急いでるなら最短距離」でも、「急がば回れ」の類でもない。常識に反しているのはもちろん、考え込んだのちに「なるほど、そういうことか。うまいこと言うわい」とうなずくこともできない。いわば、「今日」でも「明日」でもなく、「あさっての方」を向いているのだ。 したがって、「意味が分かる方教えて頂きますか?」などと聞く人には、「おととい来やがれ」と答えるのが的確というものだろう。 しかし、それでは口が悪すぎる。もう少し丁寧に見ていきましょう。「血は立ったまま眠っている」についてだが、この詩は次のようなものらしい(いくつかバリエーションもあるようだ)。 一本の樹の中にも流れている血がある そこでは、血は立ったまま眠っている 「ああ、そういうことね」と納得した人は、もう私のだらだらした回答などお読みになることはない。 しかし、血は立たない。擬人法だとしても、血は流れるものだから立てない。また、血は眠らない。睡眠中も循環しているからである。このように、ことごとく条理に反する詩句である。それでは、しばらく考えた後に「なーるほど、うまいこと言うわい」とうなずけるだろうか? 確かに、血は立ったまま眠ってることあるよね……あるかボケ! 次に、「あさっての方」を考えてみよう。立ったまま眠ることがあるのは、兵隊や佐○急便である。命令次第で夜も昼もなく引きずり回される兵士の中には、一瞬眠りつつ行進し続ける特技を会得する者がいるという。それも参考にして、解釈の転変を記すと次のようになる。 血は立たないし、眠らない。あべこべの表現だ。 → でも、「眠っている」というから、休んで穏やかな状態なんだね。 → いや、休みなしの過酷な状況を表しているのである。「血」は、何か激しい緊張にさらされつつ、あり得ない眠りをむさぼっている。 このように、あべこべに次ぐあべこべで、意味は定まることがない。最初から意味などないとも言えよう。「炎はガラスのスポンジである」についても、同様の分析ができると思う。 こうした表現を考えるうえで参考になるのは、例えば次の版画(コラージュ)作品である。 大浦信行『遠近を抱えて』 http://www.interq.or.jp/leo/lgallery/ooura.print.html 天皇コラージュ事件(法学館憲法研究所) http://www.jicl.jp/now/date/map/16.html 昭和天皇、裸婦、解剖標本……このコラージュは一体何を言いたいのか? 意味が分かる方教えて頂きますか? 愚問であろう。受け容れがたい組み合わせを作り出し、常識を切り裂いて、見る者を不安と混乱に陥れるたくらみなのだから。「意味」を分かって安心したいというのは、逃避でしかあるまい。こんな作品、相手にしないか、相手にして困惑するか、二つに一つである。自分の目で見たくせに、他人に意味を教えてもらおうというのは、みっともない。見たあなたの「不可解な感じ」が、この作品の「意味」である。 付け加えておくと、寺山修司はパクリの常習者でもあったという。彼の名作として人口に膾炙している表現の中にも、元ネタが割れているものがあるらしい。もしかすると、「血は立ったまま眠っている」にも元ネタがあって、そこから詳しい解釈が可能なのかもしれない。しかし、私は知識が乏しいのでその辺の調べがつかない。 それに、何よりも寺山修司は稀代のトリックスターで、嘘つきでパクリ混じりな所も素敵なのであった。