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寺山修司

下の二つの短歌の解釈を自己流でしてみたのですが、間違いないでしょうか。 ある方に聞かれたのですが、こういう解釈で良いと思われますか? あるいは、他の解釈が浮かばれた方がいらっしゃいましたら是非教えて下さい。 1、『マッチ擦る つかのま 海に霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや』 ーーーーーーーーーー 寺山が、好きだったトレンチコートの襟を立てて埠頭に佇んでいる。 彼方には、大きな船が太い鎖の先に連なる赤錆色の錨を海底深く降ろし停泊している。 霧が深い夜で、遠くで霧笛が聞こえる。 煙草を吸おうとしてマッチに火をつけると、朱赤の煌きに自分を含めた周囲の大気だけがぼんやりと浮かび上がった。 そのさらに外側は濃い霧に包まれたままだ。 その霧に包まれながら一瞬浮かびあがった自らのシルエットに、 「俺は俺自身以外の何者でもない」という、「俺というものの本質」を唐突に意識した。 「社会的人間って何だ?」 「第一、国家って何だ?」 「こんな国、捨ててやる!」などと思うことすら愚かしい、個人を束縛しようとする単なる機構にすぎないではないか。 ーーーーーーーーーー といったような感慨が沸き起こった末の作品であるように感じます。 2、『海を知らぬ 少女の前に 麦藁帽の われは両手を ひろげていたり』 ーーーーーーーーーー 寺山、子供の頃の回想でしょうか。 もしかすると初恋の思い出かも。 夏休みのある一日、理由ははっきりと覚えていないが偶然その少女と二人きりになった。 少女は海を見たことがなかった。 寺山は何度か見たことがある。 少女:「海ってどんなものなの? 」 寺山少年:「すっげくおっきいんだ。」 少女:「すっげく、って・・・、どのぐらい? 」 寺山少年:「・・・。こ~んなぐらい。」 と言って、幼い彼は精一杯手を広げた。 ーーーーーーーーーー

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回答No.3

#2shigure136です。 国を捨てるのではなく、命を捨てる、すなわち「国のために自分の命を捨てる=国のために死ぬ」ということなのではないでしょうか。 「命と引き換えにできるような祖国なんて無い」という気持ちを表したのではないかと思います。

hakobulu
質問者

お礼

再びのご回答ありがとうございました。 >国を捨てるのではなく、命を捨てる、すなわち「国のために自分の命を捨てる=国のために死ぬ」ということなのではないでしょうか。 :今時のギャルであれば「ゲゲッ」と言うところでしょうか。 何を勘違いしていたのか、というより早とちりしてしまいました。 あまりに簡単すぎて、取って当然の内野フライを落としてしまった野球選手の気持ちが急激に理解できるようになった気分です。 ーーーーーーーーーー 「社会的人間って何だ?」 「第一、国家って何だ?」 「こんな国、捨ててやる!」などと思うことすら愚かしい、個人を束縛しようとする単なる機構にすぎないではないか。 ーーーーーーーーーー という箇所は、 ーーーーーーーーーー 「社会的人間って何だ?」 「第一、国家って何だ? 個人を束縛しようとする単なる機構にすぎないではないか。」 「命を懸けてまで思いを馳せる祖国なんてあろうはずがない」 ーーーーーーーーーー とすべきでしたよね。 ご指摘いただいて助かりました。 ひとつ借りができた気分ですね。(^^;)

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回答No.2

【あたり一面深い霧に包まれた中でマッチを擦ると、そこは一瞬別の世界が訪れた。そのとき、普段では考えられないことだが、自分の本心が頭をもたげてきた。その一瞬、自分の命を捨てるに値する祖国なんてあるのだろうか、いや、あるはずはないという思いがふっと脳裏をかすめたのである】 こんな感じを受けるのですが・・・・???? 「身捨つるほどの祖国はありや」の解釈がポイントですね。 私は、「身を捨てるに値する祖国はあるのだろうか、あるはずは無い」と解釈しました。 2に関しては「なるほど、そうなのかも」と思います。 非常に幼い子供達の会話、仕草が目に浮かぶ解釈だと思います。 少々気になるのは、「すっごく」とか「すっげえ」はあっても、「すっげく」は?????。

hakobulu
質問者

お礼

どうも、いつもお世話になります。 ご回答ありがとうございました。 1、おっしゃるとおりと思います。 「こんな国、捨ててやる!」と、否定的とはいえ意気込む対象にすることすら馬鹿らしいものだ、という感慨。 といったような意味で、「ありや」を反語として捉えていることではご同様ですね。 マッチの火から祖国が立ち現われるところが寺山らしいというか、独特の味がありますよね。 2、「すっげく」はちょっと違和感ありますか? 岩手弁は知らないのですが映像で接したあの朴訥とした語り口を思い出しながら、 「すっげえ、でっけえんだ!」あたりが【標準的な方言? 】かな、とあらぬことを思いつつ中途半端な方言を使用してしまった次第です。 成人後であれば「すじょうに、おおぎいわげです(非常に大きいわけです)」などと言いそうですが・・・。 北海道在住で、「すっげく寒い」とか言うことも結構あるんですが、 おっしゃるように「すっげえ」の方が頻度は高いですね。 「すっごく」は多少上品さが備わるようで、女の子が良く使いそうです。

  • hatikou2
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回答No.1

1 「祖国」という概念は、マッチの灯に浮かび上がったしかも霧深い 光景のように不確かなものに感じられたのでしょう。 2 同じイメージが浮かびます。(ただし、「われ」が寺山少年かどうかは不確かです。彼は演劇人でもあり、虚構を短歌に詠んだことも考えられます)

hakobulu
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 1、なるほど。 祖国というものが霧深い闇に閉されたような茫漠としたもの、という解釈ですね。 2、おっしゃるように虚構の可能性もありますね。 大変参考になりました。