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オランダ語はどうしてここまで廃れたか?
つまらない質問ですが お付き合い頂ければ幸いです。 オランダ語って江戸時代の後期にはあんなに盛んに学習されたのに、現在では見る影もなく廃れてしまっていますよね。現在のように色んな外国語に対しての関心が高まる中でも、オランダ語は殆ど忘れ去られていますよね。確かに、明治に入ってから英語に取って代わられたのは分かるんですが、明治以降もオランダは著名な学者や芸術家を輩出していますし、また、オランダとの交易がピッタリ止まったわけでもなく、かなり前からオランダにはスペインにも飛んでいない飛行機の直行便が就航していますので、人的・文化的交流は少なくないと思うんです。 そこで質問ですが、オランダ語はどうして ここまで凋落したんでしょうか?
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(1)江戸期 蘭学が盛んになったのは18世紀の徳川吉宗辺りの時期からだと聞きます。日本の「鎖国」成立後、割と早い時期にオランダの世界的覇権が打ち砕かれたという皮肉はあるにせよ、江戸時代を通してオランダは最も裕福な地域でした。出版文化・教育といった面でも先進的だったとは聞きますから、蘭学が尊ばれたことがそこまで不合理なことでもなかったようには思えます(もっともなぜ日本でラテン語解釈が進まなかったのかは分かりませんが…)。その後他の諸国で庶民の経済水準が上がるにつれ、オランダは規模の面で不利になってきたものと思います。 一方で、当時、ドイツ(まだ統一されていない)は政治経済面では後進的だったにも関わらず、学術面としては非常な繁栄を獲得しているのが不思議なところです。 1700年 オランダ 1人所得2130ドル × 人口190万人 フランス 1人所得910ドル × 人口2147万人 ドイツ 1人所得1100ドル × 人口1500万人 イギリス 1人所得1250ドル × 人口857万人 アメリカ 1人所得527ドル × 人口100万人 1820年 オランダ 1人所得1838ドル × 人口233万人 フランス 1人所得1135ドル × 人口3125万人 ドイツ 1人所得1077ドル × 人口2491万人 イギリス 1人所得1706ドル × 人口2124万人 アメリカ 1人所得1257ドル × 人口1000万人 1870年 オランダ 1人所得2757ドル × 人口361万人 フランス 1人所得1876ドル × 人口3844万人 ドイツ 1人所得1839ドル × 人口3923万人 イギリス 1人所得3190ドル × 人口3140万人 アメリカ 1人所得2445ドル × 人口4024万人 (ソース:Angus Maddisonによる推計データ) (2)明治期 この時期に急速に蘭学が衰退している現象は興味深いですね。当時は立国のモデルとなる所を模索したところ、ドイツ・英米・フランスに3~4分化して、規模が小さかったオランダが外れてしまったんでしょうか。 明治期の知識人は必ずしも英語一辺倒ではなく、ドイツからの影響が大きい印象を受けます。ただ福沢諭吉や森有礼など教育家には英語圏からの影響を受けた人が多かったのでしょうか。もっとも、教育の方式としてはドイツからの影響が強かったとも聞いたことがあります。フランス語も、確かに外交における共通語として一理があったはずですね。(1)当時普仏戦争の敗北でフランスの威勢が悪かった(2)19世紀ヨーロッパで広く脱フランス語の動きがあった(3)国体意識の問題から政府筋には共和制のフランスが好まれなかった、というのはフランス語が選ばれなかった理由としてありえるでしょうかどうか(?)。 ドイツ留学組(森鴎外<文学>・後藤新平<政治家>・北里柴三郎<医学>・鈴木梅太郎<化学>・長岡半太郎<物理学>・寺田寅彦<物理学>・長井長義<薬学>・上田万年<国語>・乃木希典<軍事>・滝廉太郎<音楽>) フランス留学組(西園寺公望<政治家>・中江兆民<啓蒙家>・渋沢栄一<経済>・黒田清輝<美術>) イギリス留学組(中村正直<啓蒙家>・森有礼<教育>・夏目漱石<文学>) アメリカ留学組(新島襄<教育>・金子堅太郎<政治家>・小村寿太郎<外交家>・団琢磨<財閥>・津田梅子<女子教育>・内村鑑三<宗教家>・野口英世<医学>・新渡戸稲造<政治家>) オランダ留学組(西周<啓蒙家>・榎本武揚<外交家>)←両者とも幕末の留学 (3)現在 オランダ語の学習熱はフランス語やドイツ語の1割分の人気もありませんね。人口を勘定したとしても少ない。 現在のオランダ人が英語を非常に堪能に話すというのが、確かに大きい理由になりましょうね。 大学での第二外国語の選択幅が限られていることも一因でしょうか。
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- dadachamame
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丁度、今日うちの子供に似たような質問をされました。 「なんで英語をしゃべる人が多いの?」 「飛行機が出来るまでは、海の向こうの国、遠い外国へ人や荷物を運ぶのは船しか無かった。海賊だって沢山いたし、敵の国の船から攻撃されることだってあった。昔は『海軍が一番強い国が、一番強い国』だったんだよ。イギリスが強くなって、アメリカやオーストラリアやインド、色んな国に人が渡っていったので、今英語をしゃべる人が多いんだ」 NO.2、3さんの回答の追認になりますが、明治維新時点で、オランダの国力は凋落していたため、技術導入の面でも明治政府は有望な人材と目された人を当時の列強国(英・独・仏)へ送っていますね。その人材はそれぞれ日本政府や各地の帝国大へ指導者となっていますので、維新後の日本におけるオランダ語の衰退は当然の流れかと思います。
お礼
回答ありがとうございます。
- ANASTASIAK
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国力が衰退したからです。 16世紀末のスペイン無敵艦隊の敗北によって、事実上オランダは 強国としての地位を築く足がかりとしたわけだが、それ以降も、 17世紀中葉にはオランダによるポルトガルのマラッカ要塞占領に よってポルトガルを失墜させ、その勢いは日本にも及んだ。 日本はこの世界屈指の強国からの様々な技術・文化を学んだ。 しかし、17世紀の後半になると、英蘭戦争でオランダは敗北し、 代わって英国が海上を支配するに及んでオランダの衰退がはじまった。 もはやオランダ語の時代ではない。英語こそが世界を支配する文化・ 文明をもつ国家の言語となった。 17世紀末の英国によるマラッカ占領、オランダ東インド会社の解散 に及んで、オランダ語の地位はますます二級言語の道をたどる。 やがて、英蘭協定によって、ボルネオ島以外の東南アジア植民地の 分割協定が締結されるに及んで、アジアからのオランダ(語の影響力は ほぼ完全になくなった。
お礼
回答ありがとうございます。 >英語こそが世界を支配する文化・文明をもつ国家の言語となった。 これなんですが、まだ当時はフランス語の方が世界的は強かったはずですよね。やはり、「海上支配」というのも1つの鍵のようですね。
#1の方の回答もオランダ語の学習者が減った原因の一つです。蘭学者であった福沢諭吉が横浜で外国人のオランダ語で話掛けたら通じなかった、彼らの言葉が英語だったため、オランダ語を捨てて英語に切り替えたことは有名な話でしす。 また、科学方面では、オランダ語を通じて学んでいたもの(特に医学、化学など)の原本がドイツ語からの翻訳だったことが明らかになり、全てドイツ語へ切り替わったのも、原因の一つですね。 現代では、オランダへ行っても、難しい(?)オランダ語を覚えなくても、英語で取引はなんとかなる、ようなので、オランダ語を覚えようとしないらしいですね。確かにオランダ人は英語を上手に使いますが、オランダをまともに知り、そこで生活しようと思うのなら、ちゃんとオランダ語を覚えなければ。
お礼
回答ありがとうございます。 >科学方面では、オランダ語を通じて学んでいたもの(特に医学、化学など)の原本がドイツ語からの翻訳だったことが明らかになり そうだったんですか、、、。そう言えば、ドイツ語は戦前は特に英語に次ぐ重要な外国語でしたからね。
簡単です。みもふたも無い言い方ですが、金儲け(仕事)をしようとしている相手が、オランダ語を使ってなく英語を使っているからです。
お礼
回答ありがとうございます。
お礼
回答ありがとうございます。 昔はドイツよりもフランス語の方が人口が少なかったんですね。しかし、フランスが人口でドイツに追い抜かれたのも、軍事的にドイツと張り合うためにフランスがアフリカの植民地化に乗り出した大きな理由かもしれませんね。 戦前はドイツ語の影響力が強かったのは知っています。でも、現代では相対的にドイツ語の重要性が相対的には大幅に低下していますね。とは言っても ドイツ語もオランダ語のような運命を辿らなかったのが少し不思議です。なぜなら、ドイツ語の独断場であった医学、数学、哲学も英語に取って代われたし、第2次大戦後は敗戦国として国際的影響力が著しく小さくなりましたからね。 フランス語については、日本ではフランスよりもイギリスやドイツが贔屓されたというのも大きいかと思います。しかし、大正頃からフランスへの関心も高まっていますよね。 xxa31aさんや他の回答者の仰るように オランダ語が下火になるのは当然だとしても、当時の蘭学の研究とか、とりわけ戦後のオランダの科学や芸術や科学分野での活躍を考えれば、なぜここまでオランダ語が忘れ去られるのか疑問に感じました。学術的な観点から考えてもスペイン語よりも上位になると思うんですが。 オランダ語はヨーローッパではそんなにマイナーな言語でもないようです。それは、陸続きで交流が多いからでしょうけど。