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「労働」?
・・・というんで、 「「労働」が不要な社会」とは、20世紀産まれの小生から見れば、ある種、理想的なモノのようでありました。 ところが、昨今では「これは、「労働」ではない」と認定することで、労働が労働と認められなくなっている、というような気がします。 ・・・(経験豊富な)高齢者が、「右手に貯金・左手に年金」を持って、ボランティアと称して労働しているのですから、若者は敵いません。 で、何が訊きたいの?ですが、 そもそも「労働」とは、何なのでしょう。 よろしくお願いいたします。
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なるべくやりたくないけど 生きていくための必要条件を満たすために仕方なくやっていることが労働では? 腰が痛くても畑を耕し、小さなころから育てて愛着のある牛や豚を殺し、紡績工場で深夜まで糸を紡ぎ、転落死の危険があっても家を建てる もし食べなくても腹も減らず低血糖にもならず 裸で過ごしても寒くも暑くもなく 屋根も壁もなくても気にならないくらい強靭な体を持つ種族だったら それでもあなたは働きますか? 世界のだれからも必要とされなくてもやりたいのならば趣味または生きがい
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- マリマリ(@Marimari1986)
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労働とは、さしあたりは人間が自己の内部に存在する肉体的・精神的能力を用いて、目的意識的に外部の自然に働きかけることによってそれらを人間に役立つように変化させる活動のことであるという意味です。 労働を通じて人間は自然界から生存に必要な生活諸手段を獲得することが可能になります。 自然についての人間の認識、自然に働きかけるにあたっての目的の確定、自然へ働きかける人間の行為、これら一連の人間の活動が労働であるという意味です。
お礼
Marimari1986様、ご回答ありがとうございます。 ん-、まあ確かに、そういう労働も有り、、、ですが、「時給1000円」とかでは、なかなか無いような気もします。 「自然から得られているモノで、人間は暮らしているのだから、環境を大事に」というのは、かなり、そのように思います。 一方、「報酬」と引き換えに、自らの専門性を発揮する、というようなのも「労働」と思われます。 この場合、まったくの自然相手ではなく、「お客様」が居る事になります。 ・・・「趣味が高じて」ということが、世の中には有るようですが、それを仕事にすると「お客様の満足度」ということが、関わるようになり、それこそ「趣味」で好きなようにする、というわけにはいかなくなることも、有ります。 と、例えば、「他者の評価を度外視して、自分の作りたいようにモノを創作する」というような、ことは、「労働」になるのかどうか。そんなの単なる創作活動じゃん、ということでしょうか。
- gunsin
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労働は額に汗して体を動かした対価でしょう。 今は、お金がお金を産み、鉄砲弾の代わりにお金で戦争する、 時代に成り、様変わりしてしまいました、付いて行けません。 >高齢者が、「右手に貯金・左手に年金」 40年以上、コツコツと真面目に働いた証しなので、これくらいは 許して下さいな。
お礼
gunsin様、ご回答ありがとうございます。 >労働は額に汗して体を動かした対価でしょう。 今は、お金がお金を産み、鉄砲弾の代わりにお金で戦争する、時代に成り、様変わりしてしまいました、付いて行けません。 ・・・小生では、いずれにしても付いては行けない感じです。 >>高齢者が、「右手に貯金・左手に年金」 >40年以上、コツコツと真面目に働いた証しなので、これくらいは許して下さいな。 それらを持って、自由気ままに好きなことで遊んでくれてるほうが、経済が上手く回るというような、気もするんですが。
お礼
bellflaw17sai様、ご回答ありがとうございます。 かなり男性的な、労働観とお見受けしました。 >世界のだれからも必要とされなくてもやりたいのならば趣味または生きがい 昔は、「男性が外で働き、女性は専業主婦」というのが、一般的だったように思うのですが、現在は、「男女ともに、仕事と趣味・生きがいを持ち・・・」という、男女平等スタイルに変わっているのでしょうか?(人に、よりますか) 曰く「家事というのは、際限が無い」・・・小生は、際限があるように、しております。