• ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:日本社会の現代史で素人考察してます)

60年代から90年代の40年間で生活の在り方が激変した節目の年代はいつか?

このQ&Aのポイント
  • 60年代から90年代の40年間で生活の在り方が激変した節目の年代について考えています。
  • 80年代が最も激しい変化が起きた年代ではないかという素人の意見です。
  • デジタル化や情報化の加速、個を大切にする意識の強化、芸能界の世代交代などが1980年代に起き、社会の多岐にわたる変革が行われました。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • staratras
  • ベストアンサー率41% (1512/3682)
回答No.4

生活を経済発展に支えられた「暮らしぶりの変化」で見れば、やはり60年代でしょうね。時の総理大臣が、日本の国民所得を10年で2倍にしますという「所得倍増計画」を唱え、大風呂敷だと批判されたものの、実際には10年もかからずにそれが実現してしまったのですから…。回答者は1950年代の生まれで「所得倍増論」が出た翌年に小学校に入学しましたが、このころたまたま弟が生まれ、母親に「うちは月給は2倍にならないけど子どもの数は倍増したね」と言ったそうです。「所得倍増論」は小学1年生でも知っているくらいインパクトがあったのでしょう。 ただ、現代につながる「生活意識の変化」という点では、80年代終わりの(ヨーロッパにおける)冷戦の終結以降・昭和の終わりから平成にかけての変化が大きいと思います。男女雇用機会均等法の施行(1986年)や「1.57ショック」(1989年の出生率がそれまで最低だった丙午の年を下回った)、家庭科の男女共修化(1993年・94年)などの事象は、日本の社会の中での女性の地位や扱われ方が変化してきたことの表れです。 またこのころ普及してきたパソコン・携帯電話・インターネットは人と人のつながり方を大きく変えました。アナログ的・空間的距離よりもデジタル的なネットワーク上の距離の方が人間関係の親疎に大きな影響を与えるようになったのです。 「一身にして二生を経るが如し」という言葉があります。福沢諭吉が明治維新の前後の大変化について「一人の人間が二つの人生を生きるようなものだ」という意味で述べたものですが、デジタル化・ネット社会に関しても同じように言えるかもしれません。ただ短い期間内に大政奉還から新政府の実質支配につながった明治維新と異なり、徐々に普及して部分的に置き換えられていったためその変化の大きさに気付きにくいのでしょう。回答者が社会人になったとき職場にはパソコンやワープロは存在せず、書類は(極一部のカナタイプや印刷物を除き)すべて手書きでした。電卓はありましたが表集計などでは算盤の上級者の方が早いとも言われていました。 家庭生活でも、いったん外出すれば帰宅するまで基本的に連絡が付かなかったものが、ポケットベルで少し変わり、携帯電話で大きく変わりました。ただ「常に連絡できる」のは良いことばかりではなく「人間関係のあつれき」や「いじめ」につながる場合もあることはいうまでもありません。「君の名は」(アニメの「君の名は。」ではなく昔のラジオドラマの方)のすれ違いドラマが成り立たない21世紀・令和の世の中の真知子さんや春樹君は幸福になれたのでしょうかね。

Yepes
質問者

お礼

ありがとうございます。 精神面の変化とい点では80年代は小さくないかなと思います。実証できる形でとらえていない為、眉唾物ではありますが。 ウォークマンの普及は拍車をかけたと言っては過言でしょうか。ポケットゲームがはやり、何かと一人の世界を重んじるようになった。そして共有という要素が激減していった のでは。

その他の回答 (3)

回答No.3

>生活レベルの社会 それなら、やっぱり60年代でしょう。 それまではテレビも冷蔵庫も洗濯機も自家用車もロクになかったのが、高度経済成長のおかげで、いきなりカラーテレビになり他の家電製品も続々と一般家庭に導入されましたからね。で、そのことによる家事時間の減少から、女性の権利向上(それまでははっきり言って主婦の声などは上がっていませんでした)や核家族化の進行につながっていったと推測しています。 80年代は・・・、正直「多岐にわたっての変革」という実感はないですね。バブル経済の勃興と消滅がありますが、結局70年代の延長だったような気がします。 以上1961年生まれのオッサンの戯言でした(笑)。

Yepes
質問者

お礼

ありがとうございます。 多岐にわたて、は語弊があったかもですが、 情報化が加速することでニーズが多様化しはじめたと思います。 社会というより、消費活動でしょうか。 典型的なのがテレビ、芸能です。 (70年代以前と80年代以降は壁がある世界のように)

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11203/34801)
回答No.2

その年代ならやはり60年代ではないでしょうかね。 「もはや戦後ではない」という言葉が生まれ、日本は高度経済成長期に突入します。経済成長率は年平均10%超えですから、中国の経済成長(年平均9.8%)より高い驚異の数字です。 毎年毎年頑張れば頑張るほど収入が増えたんだから、そりゃみんな頑張るはずですよ。オリンピックがあり、新幹線ができ、目に見えてどんどんみんなが豊かになる。 その一方で、公害問題が発生し学生運動などが盛んになりました。右も左も元気な時代でした。三億円事件もあったりしてね。 それに比べれば、80年代はリアルタイムに知っていますが、確かにバブルとかありましたが、平和で能天気だったと思いますね。大友克洋さんのマンガで「気分はもう戦争」ってのがありましたけど、まさにそんな感じの能天気さがありました。とはいえ当時はまだミリタリーファッションは一般化していなくて、迷彩ファッションなんてやってたら右翼呼ばわりもされましたね。 そういや、三億円事件と並び称される未解決事件であるグリコ森永事件は80年代でしたね。 1989年は、確かに私の人生の中でも最も印象に残る1年でした。ベルリンの壁が崩壊したとき「これから新しい時代が始まる!」という興奮がありましたね。ただ、そのときに私自身が一番多感な年齢だったので余計に印象に残ったというのもあると思いますが。

Yepes
質問者

お礼

ありがとうございます。60年代はオリンピックもあり、高度成長が始まった革命的な時期だったことを考えると80年代の社会の変化はまあ小さい方かもしれませんね。ただ、古いものが淘汰され出した点では結構インパクトあると思います。 1960年代と比べるとドラマになりそうな題材が乏しい感じはしますが。 90年代はなんかゆるい10年のような気がします。 気の所為でしょうか?気が抜けたというか。

  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15297/33016)
回答No.1

 僕も、本や学校によらず、素人の独学で、始めたものですが、今海外にいるので、内と外との違いに最近気がつきました。  例えば、僕は戦時中の日本を知っているので、日本国内より早く、日本による性奴隷の噂が国外で広がっており、ウソっぽいなとは思っていましたが気に留めませんでした。  アメリカの知識階級の見方は相手が日本人だと見ると「どこの国でもやっていることだからね」という反応、しかし反日の日系議員が買収され、自称犠牲者が泣くことで米議会を反日決議案が通りました。  80年代には「魚釣島は中国領」というデモを米国で見ました。はて、どこにあるんだろうと呑気にみていましたがそれが我が尖閣諸島の中国名と知って、宣伝戦に遅れをとったのに気づきました。  2021年1月6日は、ある大国が内外の宣伝戦に負け、日本も無傷ではすまない、日本社会の現代史が大きく変わるきっかけになるのではないかと思います。  

Yepes
質問者

お礼

ありがとうございます。中国を始め東南アジア諸国との関係がおおきく変わったようにおもえます

関連するQ&A