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古詩翻訳:ペトラルカCanzoneのIの一節
- 古詩翻訳:ペトラルカCanzoneのIの一節について
- ペトラルカの詩における愛と喪失の表現
- 愛と悲しみを伝える古詩の翻訳について
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あなたは、酸いも甘いも噛み分ける愛の神様ですから一言 彼女に先立たれた悲しみがどんなに大きいかを。
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- Nakay702
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再度の「お礼コメント」、ありがとうございます。 >私は、一つ一つの気に入った箇所を、まるで牡丹や芍薬を描写するが如く、一つ一つの花のように考えていましたが、そうではなく桜の花のように、詩の一節一節を咲き乱れた花のように考えるべきだったのかな? そうして、周りとの調和を考えるべきだったのかなと、気が付きました。 ⇒なるほど、了解です。美しい例え方ですね! このお言葉、私も、後学のために「いただき!」の心境です。よろしいでしょうか。 >もしかして一番お得意なのは歴史だったりしますか? ⇒得意かどうかはよく分かりませんが、好きではあります。オルテガの次の文言(歴史的理性)に触発されたことが一因になったような気がします。―「過去は、我々が未来を形成するための道具を見出すことのできる唯一の倉庫である。我々は未来を待望するがゆえに過去を想起する」。 >今回はすいませんが、SPSさんの日常語ばかりを使った翻訳がなぜか妙に心に響きましたので、今回のBAはSPSさんを選ばせてもらいます。 ⇒わざわざのご言及、痛み入ります。お心遣いをありがとうございます。発問者の主観が優先することがこのQAサイトの基本ですから、どうぞ心置きなくお決めなさいませ。 もとより、私は、lived in room13さんとのやり取りで、たくさん、たくさん頂きましたので、それ以上に何かを望んだりしたらバチが当たります。 本当に、優しいご配慮をありがとうございました。どうぞこれからもまた楽しいご質問をお願い致します。
お礼
再度のご回答ありがとうございます。 >オルテガの次の文言(歴史的理性)に触発されたことが一因になったような気がします。 >―「過去は、我々が未来を形成するための道具を見出すことのできる唯一の倉庫である。 >我々は未来を待望するがゆえに過去を想起する」。 確かに歴史は繰り返されるって言いますからね。 それでお詳しくなられたのですね。 私の場合は、マキャベリが、ローマ史論と言うものを書いていますので、歴史とはこう読むものなのかと感じたことがある程度ですね。ただ、実際の歴史から未来を予測するのは難しそうに思っております。 トランプもアメリカもどこに向かっているのか、さっぱり分かりませんし。 今回も、色々と勉強になりました、また今後とも宜しくお願い致します。
- Nakay702
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再度の「お礼コメント」をありがとうございました。 (前便での誤植、失礼しました。) >句読点一つで、だいぶ変わりましたね。 ⇒14世紀という時代の古さと、韻文詩であることを考慮に入れると、どうしても古文調になってしまいます。 前の2行も含めると、「せつなさ」がさらに身にしみます。 By her departure unto tears is turn’d, Of all its sweets my life has been deprived. Thou, Love, dost feel, therefore to thee I plain, How grievous is my loss; 《思い姫旅立ち、我、涙に濡れて、 甘露の日々、なべて奪われぬ。 我が嘆き、ともにお泣きくださるか、愛の神なれば、 失いしものへの、悲痛いかばかりかと。》 >ペトラルカは一度たりとも「神様、どうか僕とラウラが結ばれますように。」と神頼みした事はありませんでした。(…)なので、私からしたら宗教色がないように思います。 ⇒なるほどそういうことですね。前半部は私にも推測できます。宗教色はなかったとのご教示、ありがとうございます。 >>ここに、ルネサンス人の心意気を見る。 >ウィキペディアによれば、「こうした状勢下で、ダンテ、ペトラルカ、ボッカチオ、マキャベリらが、中世の因習を離れた文学作品を生み出していく。」とあります。 ダンテとボッカチオは知りませんが、ルネッサンス時代の作品はすごいですね! ⇒本当ですね。何しろ、神学の御用学(スコラ哲学)全盛のころですからね。 ボッカチオと言えば、ン十年も前の精気漲っていた(?)頃、『デカメロン』(10日物語)を興味深々の気分で読んだ記憶があります。その動機は、高校の先生が「世界の3大妖艶話」として『デカメロン』、『千一夜物語』、『金瓶梅』を挙げてくれたからでした! 前2作品は何とか読みましたが、さすがに『金瓶梅』は途中で投げ出しました。 当時、ペストが流行ったことも『デカメロン』で知ったのでした。MEMENTO MORI「死を思え」などという当時の格言もその頃始めて知って、(ほかのラテン語は何も知らないのに)いやに心に刺さったことが記憶にあります。 ヨーロッパ全域で流行し、ラウラもそれで死亡したとのことで、ペトラルカやボッカチオの悲しみもいや増したことでしょう。それが動因となって隠遁生活や瞑想、詩作に赴くことになった、という一面もあったのでしょうね。 「心の栄養剤」をありがとうございました。今後もよろしくお願いします。
お礼
再度のご回答ありがとうございます。 >14世紀という時代の古さと、韻文詩であることを考慮に入れると、 >どうしても古文調になってしまいます。 ご存じの通り、私は古典好きではあるものの、古典をどう訳すべきなのか? そこに関しては全く分かっていません。 古文調には古文調の良さがあり、現代語には現代語の良さがありますし。私自身としては、この手の質問を通して、いつの日か本来的にはどうすべきなのか分かる日がくればいいなと思っています。 >《思い姫旅立ち、我、涙に濡れて、 >甘露の日々、なべて奪われぬ。 >我が嘆き、ともにお泣きくださるか、愛の神なれば、 >失いしものへの、悲痛いかばかりかと。》 確かに、前の二行を加えると、格段と「せつなさ」が増しますね! 私は、一つ一つの気に入った箇所を、まるで牡丹や芍薬を描写するが如く、一つ一つの花のように考えていましたが、そうではなく桜の花のように、詩の一節一節を咲き乱れた花のように考えるべきだったのかな? そうして、周りとの調和を考えるべきだったのかなと、気が付きました。 >⇒本当ですね。何しろ、神学の御用学(スコラ哲学)全盛のころですからね。 英語カテで、ご一緒する機会しか今までなかったもので気が付かなかったのですが、もしかして一番お得意なのは歴史だったりしますか? 本当にお詳しいですね! 私はスコラ哲学と言うものを知りませんでした。 ウィキペディアで、一応解説を読んだのですが、なんだかあまりよく分かりませんでした。 >『デカメロン』(10日物語)を興味深々の気分で読んだ記憶があります。 コチラもウィキペディアで解説読みました。 大変興味深そうな本ですね。 本当にルネッサンスは一つの時代に随分と沢山の偉人を生み出したものですね。 >ヨーロッパ全域で流行し、ラウラもそれで死亡したとのことで、 >ペトラルカやボッカチオの悲しみもいや増したことでしょう。 >それが動因となって隠遁生活や瞑想、詩作に赴くことになった、 >という一面もあったのでしょうね。 時代背景を知らずに読んでも、ペトラルカは十分に堪能できる素晴らしい詩でした。 今回は背景も知ることができて、より詩の背景に耽る事ができました。 ありがとうございます。 そして、今回はすいませんが、SPSさんの日常語ばかりを使った翻訳がなぜか妙に心に響きましたので、今回のBAはSPSさんを選ばせてもらいます。 今後とも宜しくお願い致します。
- Nakay702
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再度の「お礼コメント」をありがとうございました。 >「愛」を擬人化して語り掛けてるだけなのかもしれませんが、確かにthou=Loveと考えた方が、文法的に納得できますね。 ⇒おっしゃるとおりだと思います。お互いのやりとりで、よりよい訳に昇華していくことは何とも嬉しいですね。 >「姫」だとホストを連想し、「女王」だと変なプレイが思い浮かんでしまい、、、 ⇒なるほど、確かに、現実の経験から意識を完全に切り離すのはむずかしいですよね。 (コトのついでの、ちょっとビローなお話:訳語「思い姫」の会田由氏曰く、「どんな美文調も、自分の書いたものはウ○○のようなもので、出すや否や一刻も早く流したくなるものだよ!」。) しつこくようですみませんが、当初よりの本題ですので、「訳文の最終版+α」、 《愛の神なれば、我が嘆き、ともにお泣きくださるか、汝も 失いしものへの、悲痛いかばかりかと》 *「失いしもの」の実録的実態:1348年4月6日、ラウラ黒死病にて没す。 (またも現実的なお話で気分を削いで失礼しました!) このたび、おかげでペトラルカの「カンツォニエーレ」を垣間見ながら、似かよった全体構成を持つ著名な3作品が脳裡に思いを致す機会を得ました。「神曲」と「天路歴程」です。A. ダンテの「神曲」、B. バニヤンの「天路歴程」、C. ペトラルカの「カンツォニエーレ」として、その間の異同点を考えました。 (1)目的地: Aでは天国、Bでは神都、Cでは、おそらく、「心の安住地」(自分の納得できる場)。 (2)忠言者: Aではヴェリギリウス、Bではエヴァンジェリスト、Cでは、おそらく、「愛の神」。 (3)案内役または同伴者: Aではベアトリーチェ、Bではワールドリー・ワイズ、Cでは直接の該当者は見当たらないが、ラウラを想定してもよいかも…。 以上から言える(かも知れない)一つの解釈: A、Bはともに宗教色が強く、他力的である。Cは、宗教色が皆無とは言えないかも知れませんが、それよりも、おそらく「人間精神の自立」を標榜。ここに、ルネサンス人の心意気を見る。 ということで、一連の楽しい対話をありがとうございました。 どうぞまたよろしくお願いします。
お礼
再々度のご回答ありがとうございます。 >お互いのやりとりで、よりよい訳に昇華していくことは何とも嬉しいですね。 そうですね。 私も拙訳として、下手くそな訳でも一応あげておいて、その上で回答する方にも翻訳例を教えてもらう。こういうやり取りが好きです。 >会田由氏曰く、「どんな美文調も、自分の書いたものはウ○○のようなもので、 >出すや否や一刻も早く流したくなるものだよ!」 これは、ちょっと分かりませんでした。 私なんぞは、いつの日か私が名文を書ける日がきましたら、石碑に掘って後世に残したいとすら思っています。(そんな日は、一生来ないでしょうが。) >《愛の神なれば、我が嘆き、ともにお泣きくださるか、汝も >失いしものへの、悲痛いかばかりかと》 句読点一つで、だいぶ変わりましたね。 どうもありがとうございます。 >1348年4月6日、ラウラ黒死病にて没す。 疫学統計上、本当に現代は大量の死者を出す病気が滅法無くなって良い事だと思います。 >似かよった全体構成を持つ著名な3作品が脳裡に思いを致す機会を得ました。 ダンテ(未読)とペトラルカに共通点なんてあるのかと、なんとなく検索してみたら、お二人ともルネッサンス文学を代表する方達でした。 のみならず、愛読した(&愛読中の)マキャベリも、モンテーニュも、ルネッサンス文学の範疇に入ると知り、、驚きました。 英語の本を好き勝手に読み散らかしているつもりでしたが、「あなたにお勧めの作品」とよくオンライン書店で出てくるものに良作が多いとは思いつつも、『よくAIに人の好みが分かるなぁ』とか思っていましたが、、、AIはただルネッサンス文学作品(マキャベリ)を買ったから、ペトラルカも、モンテーニュも進めてただけだったのか!!???と、現在驚いています。 >A、Bはともに宗教色が強く、他力的である。Cは、 >宗教色が皆無とは言えないかも知れませんが、それよりも、 >おそらく「人間精神の自立」を標榜。 ダンテも、バニヤンも未読ですので、知らないのですが。 ペトラルカに関しましては少なくともラウラが生きている間、ペトラルカは一度たりとも「神様、どうか僕とラウラが結ばれますように。」と神頼みした事はありませんでした。 (あったかも知れませんが、私が持っている書籍では神頼みの詩は一つもありませんでした。)なので、私からしたら宗教色がないように思います。 「人間精神の自立」と言うものなのか分かりませんが、結局ペトラルカは、今でいうストーカー気質で、本当にしょうもない御方だと思うのですが、そんな人間の醜い感情を素直にさらけだし、見事に書き綴ってしまった。(またラウラには迷惑をかけなかったようなので) それが、私には変に気取った詩よりもかえって非常に美しい物に思えたので、気に入って読んでいます。 >ここに、ルネサンス人の心意気を見る。 ウィキペディアによれば、「こうした状勢下で、ダンテ、ペトラルカ、ボッカチオ、マキャベリらが、中世の因習を離れた文学作品を生み出していく。」とあります。 ダンテとボッカチオは知りませんが、ルネッサンス時代の作品はすごいですね! 好き勝手に読書をしているつもりが、ルネッサンス時代に偏って読んでいたという新たな発見もあり、また勉強になりました。 今後とも宜しくお願い致します。
- Nakay702
- ベストアンサー率79% (10007/12518)
「お礼コメント」をありがとうございました。 >ウィキペディアではラウラが誰であったか諸説があるが、謎のままと言う事になっています。 ⇒ただ、そのウィキペディアの囲み欄に、「この記事には複数の問題があります。(…)出典がまったく示されていないか不十分です。内容に関する文献や情報源が必要です。/独自研究が含まれているおそれがあります。/正確性に疑問が呈されています。(2015年11月)」とありますね。 一方、私の見た説明では、「彼女(ラウラ)はAudiberto de Novesの娘で、Ugo de Sadeの妻であった」(野上素一)とあります。必ずしもこれが正しいかどうかは分かりませんが…。 >>2語目のLoveを「愛の導師」としましたが、これは「前置き」 >>(冒頭の詩文が始まる前)にあるCounsel of Loveの短縮形と見てこう訳しました。>私が持っています書籍ではこう書かれておりました。 >HE ASK COUNSEL OF LOVE, WHETHER HE SHOULD FOLLOW LAURA, OR STILL ENDURE EXISTENCE. ⇒ASKにSが抜けているかも知れませんが、了解です。 >私は 「ask counsel of ~=~について助言を求める」という慣用句と解釈し、「HE ASK COUNSEL OF LOVE=ペトラルカ、愛について助言をもとめる」と読みました。 ⇒確かに、ask a counsel of ~で「~に助言を求める」と辞書にありました。私の訳を(一部)撤回させていただきます。 >僭越ながら、こちらにもつたない訳を入れてみます。 >What should I do? what, Love, dost thou advise? >分からない、愛とはどうあるべきなのか? ⇒Loveの前後にカンマがありますし、大文字で始まっていますよね。それで「もしや」と思って確認して見ました。それでようやく分かりました。これは、「《恋愛の神》という意味で、呼びかけている場面だったのだ!」と。つまり、この文を直訳すれば、「私はどうすべきでしょう? 愛の神さま、汝は何を忠告されますか?」ということではないでしょうか。そういえば、もっと後の方に、 >What Love declares to me「愛の神が私に宣言すること(は)」 というくだりもありました。 ということで、 HE ASKS COUNSEL OF LOVE, WHETHER ~, OR ….は、 「彼は~すべきか、それとも、…すべきかについて、愛の神に助言を求める」 という意味だったんですね! 以上から私の訳を一部変更させていただきます。 《愛の神よ、我を導きたまえ、我はいかにすべきや。 今となりては、死よりほかになき身なれば、 無駄に生き長らえたとて詮無きことゆえ。 思い姫とともに我が心も消え去りたるがゆえ。》 >mistressの訳に関しましては「姫」が一番近いのでしょうが、これは一旦保留にしたく思います。 ⇒「思い姫」と訳したにつきましたは、「ドン・キホーテ」が想像上の姫ドゥルシネア・デル・トボーソをそう訳していた(会田由)のを頂戴しました。というのも、ペトラルカにとってのラウラも、単に「お名前の拝借」に限りなく近い、つまり、実態として彼女がどこの誰で、既婚か未婚かなどはほとんど問題でなかった、のだと思います。ちなみに、https://kotobank.jp/word/%E3%83%9A%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%82%AB-129769 にこうありました。 「…ペトラルカが生涯愛し続け,抒情詩集《カンツォニエーレ》のなかでその愛をうたった女性。詩人によれば,1327年4月6日の聖金曜日,アビニョンの聖女クララ教会で初めてその姿を目にし,そして48年の同じ4月6日に天へ昇ったという。…」 さて、問題の箇所の訳も一部変更させていただきますね。 《愛の神なれば、我が嘆きともにお泣きくださるか、汝も 失いしものへの悲痛いかばかりかと》 いやあ、楽しいです。よい経験になります。ためになります。そして、また少し心がほっこりしました。こちらこそ、末永く宜しくお願い致します。
お礼
再度のご回答ありがとうございます。 >私の見た説明では、「彼女(ラウラ)はAudiberto de Novesの娘で、 >Ugo de Sadeの妻であった」(野上素一)とあります。 昨日は信じられないと思いました。 しかし、私も調べてみたら全く同じ結論にいたりました、、、。 ペトラルカのプラトニックな詩が大好きでしたが、まさか、まさか、人妻とは、、、。 愕然とする中、そういえば、昔はガン告知をしなかったそうですが、しない方がいいのかな~?と全然関係がない思いが、頭をよぎりました。 >⇒ASKにSが抜けているかも知れませんが、了解です。 失礼しました、抜けておりました。 >⇒Loveの前後にカンマがありますし、大文字で始まっていますよね。 >それで「もしや」と思って確認して見ました。それでようやく分かりました。 >これは、「《恋愛の神》という意味で、呼びかけている場面だったのだ!」と。 ご存じの通り、私は背景への勉強がおろそかなので、現代にはない「恋愛の神」という概念すら思い浮かびませんでした。 もしかしたら神と言えなくとも、「愛」を擬人化して語り掛けてるだけなのかもしれませんが、確かにthou=Loveと考えた方が、文法的に納得できますね。 正直Loveの配置に違和感を感じつつも、「詩だからね。」と自分を納得させておりました。 >HE ASKS COUNSEL OF LOVE, WHETHER ~, OR ….は、 >「彼は~すべきか、それとも、…すべきかについて、愛の神に助言を求める」 >という意味だったんですね! そうなりますね! 気が付かなかったので、助かりました。 >愛の神よ、我を導きたまえ、我はいかにすべきや。 >今となりては、死よりほかになき身なれば、 >無駄に生き長らえたとて詮無きことゆえ。 >思い姫とともに我が心も消え去りたるがゆえ。 やっぱり、きれいなお訳ですね。 >「思い姫」と訳したにつきましたは、「ドン・キホーテ」が想像上の姫 >ドゥルシネア・デル・トボーソをそう訳していた(会田由)のを頂戴しました。 実は、昨日お訳を拝見した瞬間に「ドン・キホーテ」の一場面と昔の騎士の習慣が思い浮かびました。 なので、本来的にはこれ以上ない適訳だと分かっているのですが、、私の心が汚れているからだとは思うのですが、「姫」だとホストを連想し、「女王」だと変なプレイが思い浮かんでしまい、、、昨日は保留にしたくなってしまいました。 すいません。 >《愛の神なれば、我が嘆きともにお泣きくださるか、汝も >失いしものへの悲痛いかばかりかと》 いや、お見事なお訳でした! 普段は、意味が分かった上で、文章の推敲だけ行っておりましたが、今回はあやうく意味を取り違えていたLoveにも気が付き勉強になりました。 いつの日か、名文を名文に訳せるようになるために、今後とも宜しくお願い致します。
- Nakay702
- ベストアンサー率79% (10007/12518)
いつもにもまして興味深いご質問をありがとうございます。 資料によりますと、ペトラルカはアレッツォ生まれですが、ラウラと巡り会ったのはアヴィニョンでのことだったそうですね。そのころペトラルカは教皇庁に仕宮していたので、その教皇庁が当時ここに移っていたから、ということらしいです。 ところで、そのラウラはすでに既婚者で、人妻であったことを考慮に入れると、このカンツォニエーレが単なる一編の恋愛詩の如きものでないことは、私にも想像がつきます。それは、純愛、人間愛、人生・宗教論、自己実現の探求でもあったのかも知れませんね。 それゆえにこそ、彼は「桂冠詩人」の称号を与えられたのだと思います。しかも、パリ大学とローマの元老院の2か所から贈呈の申し出を受けたのだとか。(それで悩んだ彼は、結局、ローマを選んだと言われています。) さて、お尋ねの詩文は、カンツォニエーレ第二部「マドンナ・ラウラの死に寄せるリーメ」というとこらしいですが、その冒頭はこう始まっています。(お示しくださったサイトから引用します。) What should I do? what, Love, dost thou advise? Full time it is to die: And longer than I wish have I delay’d. My mistress is no more, and with her gone my heart; あまりうまい日本語ではありませんが、訳すとこんな感じでしょうか。 《愛の導師*よ、我を導きたまえ、我はいかにすべきや。 今となりては、死よりほかになき身なれば、 無駄に生き長らえたとて詮無きことゆえ。 思い姫とともに我が心も消え去りたるがゆえ。》 そして、お尋ねの箇所、原文とお訳はこうありました。 >Thou, Love, dost feel, therefore to thee I plain, >How grievous is my loss; >拙訳: >愛を知り、心を汲める、汝にこそ、嘆くのだ 我が喪失と悲しみを …参りました! 私の訳は、できればパスしたいです! しかし、肝心なところを抜かしてはお答えにならず、削除されかねませんので、やむなく、といいますか、lived in room13さんの落胆を恐れながら、以下に私の訳を掲げます。 私訳: 《愛の導師*なれば、我が嘆きともにお泣きくださるか、汝も 失いしものへの悲痛いかばかりかと》 *2語目のLoveを「愛の導師」としましたが、これは「前置き」(冒頭の詩文が始まる前)にあるCounsel of Loveの短縮形と見てこう訳しました。 ☆なお、ペトラルカは、エラスムスと並んでルネサンスの嚆矢にして最も著名な人文主義の一人とされますね。ギリシャの文物を吸収するために40歳を目前にしてギリシャ語を学び始めたといいますから、「さすが偉人は違うなあ」とシャッポを脱ぎます! 今回、もそんな偉大な人物の作品に触れる機会を与えてくださり、ありがとうございました。 以上、(暫定的?)ご回答まで。
お礼
ご回答ありがとうございます。 >そのラウラはすでに既婚者で、人妻であったことを考慮に入れると、 ちょっと待ってくださいな! いつもの事ながら、私は文章だけを堪能しておりまして、あまり背景を勉強していません。 しかし、ウィキペディアではラウラが誰であったか諸説があるが、謎のままと言う事になっています。 いや、まさか、禁断の人妻だなんて、、、それは、、、。 >2語目のLoveを「愛の導師」としましたが、これは「前置き」 >(冒頭の詩文が始まる前)にあるCounsel of Loveの短縮形と見てこう訳しました。 すいません、著作権が切れている古典なので、たまたまネット上にも公開されておりました同じ箇所のリンクを貼っておきました。 Ctrl+Fで、Counsel of Loveの箇所を発見できなかったのですが、私が持っています書籍ではこう書かれておりました。 HE ASK COUNSEL OF LOVE, WHETHER HE SHOULD FOLLOW LAURA, OR STILL ENDURE EXISTENCE. この文ですと、私は 「ask counsel of ~=~について助言を求める」という慣用句と解釈し、「HE ASK COUNSEL OF LOVE=ペトラルカ、愛について助言をもとめる」と読みました。 僭越ながら、こちらにもつたない訳を入れてみます。 What should I do? what, Love, dost thou advise? Full time it is to die: And longer than I wish have I delay’d. My mistress is no more, and with her gone my heart; 拙訳: 分からない、愛とはどうあるべきなのか? 死すべき時は満ちても、 願わぬ遅延で生きるのか? あの人が消え、抜け殻のようだ と思いましたが、、、「ダメだ~~~~、この箇所も思っていた以上に難しい!!!」と試訳を繰り返すうちに脱落、、美しい文章を翻訳しているのに、なぜ美しい文章にならないのか、、、自分の文章力のなさに泣けてきます。 Nakayさんのお訳ですが、さすがですね。 >愛の導師*よ、我を導きたまえ、我はいかにすべきや。 >今となりては、死よりほかになき身なれば、 >無駄に生き長らえたとて詮無きことゆえ。 >思い姫とともに我が心も消え去りたるがゆえ。 counselの箇所では、別解釈がありますが、文章力ではNakayさんの方がお上手ですね。 ただmistressの訳に関しましては「姫」が一番近いのでしょうが、これは一旦保留にしたく思います。 さて、肝心の箇所ですが、 >愛の導師*なれば、我が嘆きともにお泣きくださるか、汝も >失いしものへの悲痛いかばかりかと こちらも、お見事な訳ですね。 やはり文章がお上手ですね。 また、今後とも宜しくお願い致します。
お礼
ご回答ありがとうございます。 ご存じの通り、私は文才も無ければ文学に詳しいわけでもないので、私に褒められたところで大して嬉しくもないでしょうが、本当にすごい文章力ですね! >あなたは、酸いも甘いも噛み分ける Thou doth feelと言って表現できる英語はずるいですね。 日本語は本当にどうこれを表現したらいいか、悩みに悩んで、それでも分からず、諦めていましたのに、、、ご回答を読ませていただいて「これだ!」と思いましたよ! しかし、不思議なものですね、私はもう、これはきっと私が想像もできない日本語表現になるだろうと思っていたのですが、誰でも知っていそうな表現でした。 しかし、よくよく考えたら原文もfeelという中学生レベルの単語使ってますからね、単語ではなくて使い方の問題なのですね! >彼女に先立たれた悲しみが こちらも、日常的な表現でここまで表現できることに驚きました! と同時に「ずるい!」と思ってしまいました。 まるで、私が散々悩んで全国放浪してきたら、「足元に落ちてますよ。」と親切に教えてもらえたような、、。 思えばペトラルカ(の英語訳)も、これと言って綺麗な単語を並べて飾り立てる事無く、本当にその辺の石ころみたいな単語で、心に残る、後世に名を残す詩を書いたのでした。 私も、ご回答のように、その辺の日常語をうまく見繕って綺麗な文書に仕上げる。 そういう風にペトラルカの詩を翻訳出来たらいいなと思いました。(翻訳家ではないので、自己満足の為に) とにかく、きれいな英文をみたら母国語にもしてみたくなるものですから、神聖な学問カテで失礼しますが、また今後とも宜しくお願い致します。