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古代ギリシアの社会構造
線文字Bで知ることが出来るミケーネ時代の社会構造と歴史時代の社会構造との間にはどんな違いがあるのでしょうか?
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あくまで私見です。線文字Bによりミケーネ時代(青銅器時代後期)は王による専制的な権力と、貢納王政がであった事が分かります。これは周辺から税を納めさせる貢納義務を監視するための役人を任命。土地は共同体の共有とされ、分割されてここの農民に分与されていた。貢納の義務を負うのは個人ではなく、村(共同体)。このような体制を「貢納王政」といいます。ただ官僚制度はかなり未熟だったそうです。ミケーネ文明のもとでギリシア本土の小王国分立によって維持されていたこの秩序は(おそらく海の民の侵入などによって)前1200年頃に倒壊した。一つの文明が倒壊したことを以て「暗黒時代」(現在は初期鉄器時代)に入り、ギリシア本土はではミケーネ時代の集落の多くは放棄され、人口は減少し、生活水準も落ち、華やかな工芸は姿を消し、東方との交流も衰え、何よりも線文字Bも王国の滅亡とともに失われ、ギリシア人は再び文字を持たない民となったといわれています。小王国分立の貢納王政が崩壊して やがてポリスという都市国家形態に変化した。貢納王政や交易の記録であった線文字Bによる記録がほとんど見られない(線文字Bはほぼ忘れられたといっても過言ではない)ことから、線文字Bの衰退は王制の象徴であり王制が崩壊したことを表しているといえる。 また王政から国家形態であるポリスへの変動があり、自由と自治を理想とし身分制の確立と、市民全体の政治参与をおこなう形態に一部の人しか使えなかった線文字Bではなく市民が使えるフェニキア人から学んで自分のものにしたより表現の多彩なアルファベット文字への完全移行もおこなわれた。
お礼
お答えいただき、ありがとうございました!