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民謡「こきりこ」の歌詞の意味
民謡「こきりこ」の歌詞は何と言っているのでしょうか? その意味を教えてください。よろしくお願いします。
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「こきりこ 歌詞」で検索をかけると、真っ先に出るのが下のサイトです。 http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/minyo/kokiriko.htm 「サンサ」「窓」「ハレ」「コケラ経」の話はそこに書いてあります。 民謡について検索するときによく出るサイトなのですが、 執筆者や出典が明かされておらず、 解説も大ざっぱだったり不正確だったりすることがあります。 現在歌われている歌詞の意味ならば、 越中五ケ山筑子唄保存会のパンフレットの解説にだいたい出ています。 http://nendo.music.coocan.jp/kokiriko/koki-kashi-kaisetu.htm ただし、歌詞全体を一つの連続として読むのは無理です。 「こきりこ節」は一度失われかけ、戦後に復元、再構成されたので、 現在歌われている歌詞全体は、古くからあるものと、 新しく付け加えられたものが混合しています。 そして、復元の過程に若干問題があります。 この歌は、日本最古の民謡と紹介されていることが非常に多いのですが、 これは、復元にかかわった人たちが、この歌は古い田楽を思わせると感じたため、 起源はそこにあるという仮定を先に立てたことから始まっています。 しかし、この歌が記録されている江戸時代の古い文献『北国巡杖記』(1806年)には、 田楽の特徴であるササラについては触れられておらず、また 農作祈願の田楽ではなく「神楽歌」と書かれてもいることから、矛盾が指摘されています。 http://www1.tst.ne.jp/calm/yurai/kidan/kidan.html ほかにも、五箇山のこきりこ舞を描いたとされる図絵の中に 「ササラ」が描かれていない、などの問題もあるようです。 研究、復元にかかわった高桑敬親という郷土史家が 最初に現地で高齢の女性に歌詞を教えてもらおうとしたとき、 その老婆はもう歌詞をほとんど覚えていませんでした。 この歌の歌詞を伝える江戸時代の古い文献はあったので、 そこから取って復元した歌詞もありますが、 忘れた歌詞を思い出してもらうためのヒントとして老婆に見せた資料には、 田楽につながりそうな、しかし五箇山とは関係のないものがありました。 たとえば、田楽法師の流れをくむ芸能者である放下僧を表す「放下」という言葉がありますが、 この「月見てうたう放下のコキリコ 竹の夜声の澄みわたる」という部分の歌詞は、 五箇山とは関係のない中世の和歌集『職人尽七十一番』に記載されている 「月見つゝ歌ふ放下のこきりこの竹の夜声のすみわたるかな」とほぼ同一です。 高桑敬親はこの和歌をあらかじめ知っていたようで、 老婆に「思い出させる」というプロセスの中でこれが取り込まれたようです。 これに続く歌詞の中の「放下」「霊祭」という語も田楽につながるものが取り込まれています。 そのあとの「波の屋島を遁れ来て…」の歌詞は、 『北国巡杖記』に記録があるので古い歌詞だと思いますが、 これは、五箇山は平家の落武者が逃れてきたところという言い伝えがあるので、 屋島の戦いに敗れた平氏が逃れてきたということでしょう。 しかし、それに続く数行は、素朴な恋歌に変わります。 これらは江戸時代の文献に残っている歌詞です。 さらに、現在の歌詞では削られている猥雑な歌詞がありますが、 この中には、五箇山では使わないはずの中世の尊称「そもじ」などが出てくるため、 作為的なものと見られています。 先の「波の屋島を遁れ来て…」の歌詞はもともとあったもので、 土地の描写として歌われているだけのものと考えられますが、 「漆千杯朱千杯黄金の鶏一番 朝日かがやき夕日さす三つ葉うつ木の樹の下に」という歌詞は、 平家落人伝説に則して付け加えられた部分のようです。 「漆千杯朱千杯」というのは、漆や朱が非常に貴重なものだったことから、 「漆千杯朱千杯宝千杯」のような言い方があり、財宝の意味にもなります。 「黄金の鶏一番」は、各地にある伝説で、 地中に埋められている黄金の鶏が元旦の朝になると鳴く、というものです。 http://www.7kamado.net/den_yamato/kinkei.html 「三つ葉うつ木」は樹木の名称です。 http://www.geocities.jp/greensv88/jumoku-zz-mitubautugi.htm 以上の箇所は、平家の財宝が埋められているということだと思いますが、 そのあとの部分は平家物語そのものを付け足しています。 「まどのサンサもデデレコデン はれのサンサもデデレコデン」については、 専門家にも解明できていないので、今のところ囃子言葉という説明ですが、 「デデレコデン」は、『北国巡杖記』の描写から考えても太鼓の音を模したものだと思います。 「サンサ」という語はほかの民謡にも出てきますが、 語源的には、松の梢に吹く風の音を表す「ざざんざ」で、 これが江戸時代の民謡で囃子言葉として使われたという説明があります。 https://kotobank.jp/word/%E3%81%96%E3%81%96%E3%82%93%E3%81%96-510281 『西鶴襍爼』という書物にも、「さんさ節・ざヽんざ」という項目があります。 https://books.google.co.jp/books?id=FYWtbCa63rcC&pg=PP65&dq=%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%95&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwj6m-SB5NfeAhXEWrwKHfVHBQ0Q6AEIPDAF#v=onepage&q=%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%95&f=false 「まど」は、保存会のパンフレットでは「窓」になっています。 うがった見方をするならば、「さんさ」に「風」のニュアンスが残っており、 「窓」と「晴れ」は天気の違いを言っているのでは、 などという空想をしてみたりもしますが、たぶん違うのでしょう。 ここはわかりません。 素朴な民謡の歌詞、田楽発祥の古い民謡として再構成するために付け加えた歌詞、 平家落人伝説を強調するために付け加えられた歌詞、 この三つの要素が組み合わされており、 全体として意味が通っているものではないでしょう。 復元に至る複雑な経緯は、国立歴史民俗博物館の研究報告に詳しく解説されています。 https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1927&item_no=1&page_id=13&block_id=41
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古い民謡だけあって歌詞の意味が分かりにくのは当然です。簡単に端的に書きます。「こきりこ」とは2本の竹を使った打楽器、長さは歌詞にもあるように七分五分(23センチ)「こきりこ節」の歌詞における最大の謎とも言えるのが「窓のサンサ」及び「ハレのサンサ」が何を意味しているのか?という点だろうと思います。一般的には歌の調子、リズムを整えるための囃子(はやし)言葉と説明されるようだが、それだけで終わらせてしまっては若干物足りない。「サンサ」という言葉については宮城県民謡「サンサ時雨(しぐれ)」、岩手県盛岡市「盛岡さんさ踊り」などにも見られるが、こちらでも「サンサ」に意味は諸説入り乱れており、通説は定まっていない。仮に「サンサ」が囃子言葉や掛け声、擬音だったとしても、「窓」や「ハレ」まで同様に解釈してしまって良いものだろうか?「マド」は「間戸」か?「ハレの日」(ハレとケの概念)との関係は?更なる研究の深化が望まれる。「こきりこ」名前の由来は、飛鳥時代に発布された大化の改新、豊作祈願のため山伏が詠んだ「コケラ経」が訛ったという説があるようで、「コケラ経」は木片に書いたお経の事で、「こけら」とは木片を意味する。新築された劇場で「こけら落し」の「こけら」も同様の意味です。
お礼
謎の歌詞の解説を詳しくありがとうございました。 マドは、「窓」かと思っていました。 こきりこ節とは、「こけら経」節なのかもしれませんね。歌も踊りも、仏教の念仏由来の物が、我が国では多いことを考えあわせれば、あり得る解釈かもです。
お礼
恐ろしく博学な回答に恐縮しました。 長い年月の間に色々なものが付け加えられ、全体として意味が通っているものではない、と分かりました。古いとそういうことになるのですね。 どうもありがとうございました。