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多世界解釈の「なぜこの自分か」の補足

画像添付がうまくいかずに、動画として添付しました。 まず、赤の棒と青い棒はそれぞれ「猫が死んでいる方の世界」、「猫が生きている方の世界」です。 この絵を見れば分かるのですが、私の考えでは「私の視点」は時間を移動してます。つまり、たとえば生きている猫を見ている私の視点から考えれば、そのとき同じ瞬間の「死んでいる猫を見ている私」の視点は過去の「私の視点」なのです。つまり、今回は2つの世界に限定しているので、「私の視点」という存在はこの場合普通の時間経過の2倍の時間を過ごしています。 あと詳しいことは知らないのですがこの世界同士の滞在時間や移動時間を無限小にすれば、相対性理論でなにか理論を導けるのではないか?とも考えています。 とはいえまだまだ文の理解に苦労しているのですがね。

みんなの回答

  • sheep67
  • ベストアンサー率28% (36/128)
回答No.3

こんにちは。 前の質問での哲学的な何か、は本の方ですね。ネットのHP はちょくちょく見てるんですが、アップされてる図のようなものはみたことないので。 本は読んだことないです。 図の解釈がいまいち分からないので聞いていいですか? 1.図の真ん中の波のようなものは、バイオリズム的な周期なんでしょうか? 真ん中の縦の壁は自分自身でしょうから、そこにあるリズムとなると体内時計的な意味あいでしょうか? 2.1が合ってるとして、死んでる猫をみている場合時間は未来から過去に流れないでしょうか? 真ん中の波がサインカーブなら、位相がマイナスになるときには、時間の矢もひっくり返る気もします。(主観体感的な意味で) なので、私の視点は時間経過2倍という表現には違和感があります・・と言っても良く解らんのですが。 3.>この世界同士の滞在時間や移動時間を無限小にすれば、相対性理論でなにか理論を導けるのではないか? ここのヒラメキのようなものをもうちょっと言語化してもらえたらと思いました。 当てずっぽうで言うなら、生と死の融合による止揚、と哲学的に言えそうな気もするようなしないような・・ 似たようなことを僕もちょくちょく考えますが、まー全く結論出ません、現在。 科学哲学、というからには、僕の言ってるのはかなりアバウトで、厳密さに欠けますが・・一応物理を踏んではいる、という程度の話ですけど。

noname#155073
質問者

お礼

ありがとうございます

回答No.2

(#1の者です。物理に踏み込みたがっておられるようですので追加情報を) 「転移」という点で、面白い話では、相対性理論において、 光速を超えるとエネルギーが虚数になりますが、エネルギーは 相互作用において二乗ではたらくので、時間軸巡行の通常粒子 の超光速(虚数エネルギー)状態は、負エネルギー=時間軸逆行 と等価になります。 ただし意識自体は時間軸巡行なので過去からやって来る反粒子 に見え、「現在から過去と未来への対発生」につながります。 (下図参照) そこにおいて、速度0から無限大までの領域のうち、光速を 超えた領域が過去に転化する場合、その無限大速度で一瞬の うちに到達できる全宇宙の広がり(図の横軸)は、過去からの 一点になります。 つまり過去と未来において、時間軸と空間軸は入れ替わって いるのです。 これと同じ現象は、ブラックホールのシュバルツシルト半径 の内外でも見られ、「超弦理論において我々は量子的ブラッ クホールに基づく階層現象性として生じる=希薄なブラック ホールであると言える」という知見とも符合する。 また、過去と未来で時空軸が入れ替わる事は、不確定性原理 における時間的確定性と空間的確定性が相補的である事に おいて、“時間的経過=未来から過去への移行”における、 時空軸の転換=回転=量子振動(超弦)を導く。 また、時間軸たる「異なる時点からの相補分化の時系列化」 =プランク定数(h)の収束=宇宙膨張(物体収縮)において、 時間的な認識可能性(自己)の不連続性は、空間的な認識可能性 の不連続性(他人)と等価であり、「宇宙が自己の必要」という 本質の延長として、生存の拡張(最大認識(社会生命的自覚) ×最大生産(自律的生存)=最大充足)における愛を必然とする。 現代物理は、日常の延長(古典物理)で考察できるほど、 退屈なものではなくなっているのです。

noname#155073
質問者

お礼

ありがとうございます

回答No.1

確率的実体の方が本質的で、有限的性質=存在性は、認識に応じて二次的に派生している以上、「行ったり来たり」する外的世界はありません。

noname#155073
質問者

お礼

ありがとうございます

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