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寝たら?
知ったかですが、死んだら、自分の観測する世界は滅びますよね?(多分) じゃ、寝ているときって、意識がないから、その間、自分の観測している世界はいったん無くなってる? 他者から私を見たら、私が寝ている世界が見えても、私は何も見えないし、意識も出来ないから、世界はないに等しいですか? 寝ているときって、いったい世界はどうなってるのでしょうね? 気が付いたら朝だし…
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- kkndksnkn
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寝ているときも人は現実を生きている。夢も現実の一部である。
- 雪中庵(@psytex)
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「寝ている、ないしは意識を失っている時には、世界は 存在しない」と言いたいのですが、そうはいきません。 なぜなら、我々が「今、認識している」と言っても、その 根底には過去の感受や生理活動が(判断基準として) 先入化しているからです。 「寝ていた間に世界は無かったんじゃないか」と測定し ようとしても、その寝ている間の生理活動が、その意識 に反映している以上、その間の世界を否定する訳には いかないのです。 確かに、量子論的世界像においては、「世界は認識され る事で存在(有限的性質を派生)する」と言えますが、 それは空間だけの話ではなく、現在(感受=光速)から 過去(記憶(時間的流れ)=超光速)と未来(予測(空間的 広がり)=光速下)が対発生しているとも言え、その積層に おいて自我仮説(h(プランク定数)の収束の時系列化 (物体収縮=宇宙膨張))が可能になっている時、寝ている からといって時空が断絶するような甘えは許されません。
お礼
科学的回答ですね! 寝ていている時、私の意識はぶっ飛んでいたとしても、私の体が時間を感じているってことですか? 要は、私の体を構成する様々な細胞が、意識はあるかは知りませんが、生きているから、私の意識は存在することになってしまうのですか? しかし、どう考えても私は無意識だと思うのですが… それでも世界を観測することになるのですかね? 生物学的な話なら、睡眠時とは言わず、脳死の場合はその人は世界を観測できているのですか? ただこの観点から考えた場合、意識はどこから発生するかが問題になってきますよね…果たして睡眠時、脳死の場合には意識があるのか? 量子論の話はややこしいですね… 差し出がましいですが、もう少し噛み砕いて初心者にもわかるレベルで話をしていただければ、幸いです。 回答有難うございました。
質問に回答する以前に分からない点があるので、質問させて下さい。 Fairyland_0201 さんの考え方は、以下の独我論を支持しているという理解でいいですか? >独我論は、私の認識とは無関係な事物の存在を否定する。 >リンゴが存在するのは、私が認識しているときだけであり、 >私が認識を止めると、リンゴもまた消滅する(見えなくなるのではなく、存在しなくなる)。 >全ては私の意識の中にのみ存在し、私の意識を離れては何物も存在しない。 独我論 wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E6%88%91%E8%AB%96 それから、 >細かいですが、誰が観測するかで世界は姿を変えてくると思うんですよ。 と言うことですが、 科学は、誰が観測しても姿を変えないという普遍性の上に成立すると思います。 この考えでは、科学の成立を否定すると思えるのですが、それについては、どう考えていますか? つまり、科学と哲学は食い違っていても構わないという考えですか? 以上2点、回答いただけると先に進めます。
お礼
回答有難うございました。
補足
私の質問を読む限り、独我論を支持していますね。 支持している、ということにしてください。 「誰が観測するかで世界は姿を変えてくる」ですが、私の視点を持つ他者は、他にはいないという意味で、世界は姿を変えてくる、と述べました。あなたが、私の回答に回答している視点(パソコンの画面を見ている視点)は、私は絶対に共有できないし、その世界はあなたの唯一無二の世界で、私がどうやってもそれを「見る」ことができないと思います。 このような考えを持ってして、私は見る者によって世界は姿を変えてくる、と記述しました。 自分でうまく伝えられないのがもどかしいですが、なんとなくわかってくれたら幸いです。 それで、科学と哲学は食い違っていてもかまわないという考えには、賛成です。 「哲学の教科書」を一度読んだのですが、そこには科学に答えられない問題を、哲学は答えることができる、みたいな記述がありました。 この質問は、私の勝手な考えですが、科学には答えられないのではないか?と思い、哲学のカテゴリーに入れました。 科学でもう解明済みなら、そちらのほうが客観性を保っていて良いと思うので、もしあるならそちらを教えてください。
- ふじ-さん おたま-さん(@OtamaFJWR)
- ベストアンサー率11% (26/222)
お!量子論的な話ですね。 寝てるとき、夢を見ている場合が多い。 その場合、脳が様々な空想をしているわけで、時間的変化は有る。 観測していなくても、脳は勝手に、様々な整理整頓を行っている、 ていうのが、脳科学の分野では一般的だよね。 睡眠学習も、その領域かもね。 いずれにしても、あなたのような量子論的な世界観を求める人が いるだけで、私は嬉しい。 正確な回答を、おそらく雪中案(psytex)さんが行うと予測されますので、 楽しみにしています。彼はね、ものすごい博識なんですよ。 一度、回答履歴を見てください。過去にも、あなたと同様の 質問をした人がいたと思いますよ。
お礼
私のこの質問内容は、哲学ではなく、物理学の範疇に収まるのですか? カテ違いになってしまいましたね… ややこしく考えずに、率直に意見を述べられたらとてもうれしいです。 そこまで私に知識があるわけではないので… 量子論は、学んだことがないので、知らないですが、この質問の解答を理解するために必要なら少しは学びたい、と思います。 回答有難うございました。
- akayoshi
- ベストアンサー率100% (3/3)
寝ている間はあなたが世界に観測されています というより 世界の一部になっているといったほうがいいでしょうか その間、他の人間に観測されていることになります 意識が無いときは世界の一部に融合しているときです あなたが世界を観測し得たものが新たに世界を形成し そうしてできた世界を他の人間が観測する そして新しい世界を観測した人間が眠るとき(新しい世界を形成しているとき) あなたはそれを観測することになります 死ぬというのは 世界と一つになり、世界から離れられなくなってしまうことです あなたが死んでもあなたの観測した世界は残り続けます 最期にはすべての人間が世界と一つになっていることでしょう 人としては滅びますが世界としてあり続けます
お礼
世界の一部に融合ですか!!なるほど哲学的ですね! なかなか難しい考えですが、面白いですね。 この考えでは、輪廻転生はあり得ないってことですかね? しかし、生まれてくる前は、果たして私はどこからでてきたのでしょうか? 元々世界の一部だった私が、ある時何かのきっかけで世界を観測する者(私)になった? 世界もまた私の一部で、私も世界の一部ということですか… いや~奥が深い! 回答有難うございました。
世界は観測されなくてもそこに存在し続けます。 バクテリアも人間も宇宙から見ればゴミのような存在であり、 そんなちっぽけな存在に認識されるかどうかなど関係なくそこにあり続けるのです。
お礼
細かいですが、誰が観測するかで世界は姿を変えてくると思うんですよ。 私はあなたという回答者を、今ここで知ったわけで、それまでは存在すら認識できなかったわけです。(本当は姿かたちを目で見るべきですが)あなたもそうでしょう? 私も感覚的には、全てに関係なく世界は存在し続けると思うんですが、そのような世界は果たして誰からみた世界?って思うのです。 私が生まれる前って、世界は存在してたの?みたいな… それで、私という「一人称に限定した世界」は、睡眠時は存在しているのかなぁ?とか思ったわけです。 まぁ、現実的には、あるでしょ!って普通は考えますが… 何せ哲学っぽい回答がほしかったもので。 回答有難うございました。
お礼
この現実は、普遍的な現実のことでしょうか? 私が睡眠時、他者は現実をその目で観測出来ていると思いますが、私はできません… 視点を変えれば、現実も変化してくると思うのが、私の持論ですので。 私の理解力では不安ですが、psytexさんによれば、生命維持活動をしている限り、どうやら私の意思に関係なく世界は存在し続けるみたいですが。 しかし、やっぱり「一人称の私」の世界は、寝ているとき消失しているのでは?と思うのです。 たとえば全人類が一斉に睡眠した場合、その空白の世界は一体存在しうるのでしょうか? もう禅問答みたいで、自分でもややこしくなってきました。 回答有難うございました。