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初の政党内閣と初の本格的政党内閣の違い
初めまして、今回は政党内閣についてお伺したく質問させて頂きました。 歴史などの本を見ていると、日本の初の政党内閣と、本格的政党内閣という用語が出てきます。しかし、その違いまでは言及されておらず、私のイメージでは前者が藩閥的な要素が強く、後者の方がどちらかというと民主的なのかなと言う程度なのですが、2者の根本的な違いというのはどこにあるのでしょうか。 基本的なことをお伺して申し訳ないのですが、ご回答賜れれば幸いです。
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政治学・行政学をやっている学生です。 初の政党内閣というのは恐らく第一次大隈内閣のことですね。「本格的政党内閣」というのは私は初耳ですが。 まず、政党内閣とは、平たく言えば、首相を含む内閣の構成員の多くを政党出身者の議院が構成することです。戦前の場合、例えば陸軍・海軍大臣は現役の中将・大将によって常に構成されましたし(現役武官制でない時も結局全員現役が務めました)、今日でも、半数以内では非議員からの閣僚選出が憲法上可能ですから、政党出身の議員が全ての閣僚ポストを占めるというわけではありません。 で、「本格的政党内閣」というのが戦後の議院内閣制期のことを指しているのだと仮定すると、それは内閣構成員の選出権が何処にあるかというところに本質的差異があります。今日では、首相指名権が議会にある為に、一般的には議会の多数派を抑えているか、または抑えられるような連合を組んでいる政党群のトップが選出され、彼・彼女が閣僚を任命(当然自分の政党や連合相手の政党から選出します)することで、議会多数派を占める政党と内閣構成勢力が一致します。他方、戦前の政党内閣時代においては、25~31年の大正・昭和デモクラシー華盛りの時代であっても、首相の任免権は天皇にあり、つまり元老(具体的には西園寺公望)に実質的な決定権があったわけで、議会の多数派と内閣構成勢力が一致しないということも間々ありました。つまり、国会議員選挙が直接内閣の構成如何とリンクしていないのが戦前の政党内閣時代の特徴です。 で、「本格的政党内閣」というのがこの25~31年のこと(または原内閣も含む)ことを指しているのだとすると、恐らく初(というか初期)と本格的の違いは、憲政の常道論の有無といったところに帰着するのではないかと思います。どちらにせよ、首相や閣僚ポストが自分の懐に転がり込んでくるかは、結局のところ元老・宮中の意向で決まったわけですが、憲政の常道時代には、民政党・政友会両2大政党に、政党の議席数も踏まえつつ、相互に政権を渡していこうという慣習が各方面に定着することになりました。ただ、明治後期から大正時代にかけても、桂太郎含め藩閥勢力や官僚勢力による政党はあったわけですし、他方で政党政権が連続的に続いたにせよ、究極的に誰に政権を渡すかは明治国家の重鎮達の裁量如何だったわけで、その意味では戦後の議院内閣制とは似て非なるものだといえます。
お礼
お世話になります、非常に詳しく分かりやすく解説頂きありがとうございます。 25年~31年頃までも首相の任免権が天皇に有ったという実感が無かったので以外でした。大変参考になりました、ありがとうございました