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美は社会に強力な作用を起こしえるでしょうか?

美といってもさまざまな定義があると思います。 すでにあなたが美に対して持っている概念でお答えください。 強力な作用ではなくても社会に何かしら与えるであろうと思うことがあればぜひお答えください。

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noname#82286
noname#82286
回答No.21

>ん~、難しいですね、鈍くてすみません。 確かに反作用はないですが、どうもしっくりこない…。 もしかしたらあなたの価値観なので僕には少し解し難いようです> 反作用というのは結果相対的というより相対比に近くてただの相対とは訳が違うわけです、ただの相対は認識だったりするわけですがなにかの優劣を比べるということによって美を形成する場合反作用ですよね? そうでない場合ということだと思ってください。 テストの例で言うと100点取った人が2人居たとしましょう その100点を取ることに対して独りは周りとの相対比で価値を見出す人ともう独りは自分の得意教科で100点が取れたことに幸福を感じるのとの違いだと思ってください。 >少し僕が絶対的な美を買い被り過ぎているかもしれませんが。 ぜひどのようなものがありますでしょうか?>  これは個人と外界との連動によって発生しますので僕が述べたところで「そんなこと無い」と言われればそれまでなのでなんともいえません。

h1g2h1g2
質問者

お礼

今回の説明で納得しました。 確かに自分の得意科目で100点とってうれしいのって絶対的といえますね、相対的ではないですね。

その他の回答 (21)

noname#140971
noname#140971
回答No.1

美とか醜とかは、社会の構成要素の単なる属性。 春夏秋冬は社会経構成体の存続様式に何らかの影響を与えることはあるだろう。 が、それは単なる属性としての影響に過ぎず社会経構成体自体の変化・発展の要素ではない。 例えば、TVの画像が白黒からカラーになりデジタル化してもそれはそれ。 「情報の属性=情報の質」でないことは余りにも明らか。 情報の送り手の違い以上の決定的な役割を情報の属性が持つことはありえない。 ただ、社会が荒れればラクガキが増えて人心が荒廃し更に荒れるという現象はあるだろう。 この手の社会経構成体の上部構造の文化の乱れが下部構造に影響することは否定できない。 美とか醜も社会経構成体の上部構造として捉えれば、このように話は別である。

h1g2h1g2
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 美とか醜は属性であり影響を与えない、わかりました。

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