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わかりにくい「ぬ」の用法
古文の問題集を解いているときに、わかりにくいところが一点出てきました。 ・清見が関の浪も高くなりぬべし。 この「ぬ」って、強意だけでなく完了の意味としても使えるのではないでしょうか?問題集にはこの文しか書かれていないので、文脈がわかりませんが、 この文だけを読むとどちらでもいいのではないか、と思いました。 どなたかなぜ強意でなければならないかを説明してもらえませんか?
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「つべし」「ぬべし」には、確かに、「てしまうだろう」「てしまうにちがいない」と、「完了」と「推量」という解釈で現代語訳しても決しておかしくないという文脈はあります。 1番の方も仰っているように、「つ」「ぬ」の意味が「完了」「強意」「並立」だなんて、近代以降の文法学者が考え出した便宜で、平安時代人が渡辺文法にのっとって古文で会話し、文書をしたためていたわけではありません。 原文を書いた古人には、完了も強意も意図なく、慣用的な用法として「つべし」「ぬべし」を用いていたのでしょう。 ただ、日本語の「時制」の感覚として、「未来完了」という概念はないんですよね。 受験生諸君は、よく英語を勉強しているので、「完了」というと、英語文法の「完了形」のことをまず念頭においてしまって、必ずといっていいほど、古典文法の「完了」用法に混乱します。 そういった混乱を防ぐ為に、高校生や受験生に「つ」「ぬ」の用法を説明する際、ほとんどの指導者は、まあ、幾らかはこじつけの感があるなあと思いながらも、以下のように説明しているのです。 1、「完了」と「推量」は、方や終わってしまった過去のこと、方やこれから起こる未来のこと」を表すので、同時に用いると時制が一致しない。 2、時制の不一致を冒して、わざわざ「てしまうだろう」などという不自然な訳文を作るよりは、「つ」「ぬ」を、あえて「完了」と解釈せず、「強意」の意味で解釈してやれば、後に続く「推量」を強めた用法、と考えることができ、都合が良い。 3、ゆえに、「べし」に限らず、推量関係の助動詞と併用されている「つ」「ぬ」の解釈は、全て「強意」とし、推量を強めた用法という意味で、「確定推量用法」または「確述用法」と考え、「きっと~だろう」「~に違いない」と訳す。 (「つべし」「ぬべし」、「つらむ」「ぬらむ」、「てけむ」「にけむ」、「てむ」「なむ」、「てむず」「なむず」、「てまし」「なまし」) というわけで、上記の問題集の例文は、「清見が関の波も高くなってしまうだろう」と訳して訳せないことはないですが、「清見が関の波もきっと高くなるだろう」「高くなるに違いない」と訳すほうが自然、一般的、ということになるのです。
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- fumkum
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>・清見が関の浪も高くなりぬべし。 この「ぬ」って、強意だけでなく完了の意味としても使えるのではないでしょうか? 強意は強調でなく、動作などの実現を確信したり、確認したりする気持ちを表現し、確述の用法とも言われます。ですから訳は、「必ず~」・「確かに~」です。そして、他の助動詞と一緒に使う場合、「きっと」・「必ず」・「確かに」の気持ちを表します。ここでは「ぬ」に推量の助動詞「べし」が付いているわけで「きっと~だろう」ぐらいの意味になります。 古文を訳すと、「清見が関の浪もきっと高くなっているだろう。」くらいの意味になります。
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ありがとうございます。
専門家ではありませんが、受験時代の経験から回答させていただきます。 もともと、「強意」とか「完了」とかという区別は現代人の学者が研究のため、便宜上設けたものです。当時の人はそのような区別など、意図していませんでした。 したがって、「強意」の意味でも「完了」の意味でもとれるのですが、「完了の“ぬ”が“べし”と一緒になったときは、強意とする」と現代人の研究者が決めたので、完了なのです。 私も同じような質問で先生に質問したことがあるのですが、このように言われました。
お礼
なるほど、そういうことなんですね。 ありがとうございます。
お礼
ありがとうございます。