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no more A than Bの公式

高3受験生です。 Such a creature would have been no more alien to the ancient Greeks than a dragon is to us today.という文の訳についてなのですが、公式どおりに訳せば「私たちにとって今日竜が異質でないのと同じように、そのような生物は古代ギリシャ人にとって異質ではなかっただろう」となると思うのですが、解説を見ると、常識的に竜は私たちにとってなじみが浅いので「どちらも同程度に異質である」と訳す、と書いてあります。 このように文脈的におかしければno more A than Bの公式を全く逆の意味にとってもよいのでしょうか? もしくは文法的に説明ができるのであれば説明をお願いします。

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  • fwkk8769
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回答No.36

#29(=#18,23,28)の者です。 今日、「河合塾 教育教材開発部英語科」の名前で私の質問(2)に対する回答をいただきましたので、#29に引き続いて以下にご報告をいたします。 《私の質問》 (2) 第1回東大即応オープンの第4問(A)の英文中の下線(3)と下線(4)の間にある英文: ・But what might have ancient Greek adventurers thought as they fist set foot in Egypt, to be confronted by a crocodile? は ・But what might ancient Greek adventurers have thought as they fist set foot in Egypt, to be confronted by a crocodile? の間違いではありませんか? 少なくとも教養ある英語では前者の英語は文法に反すると思いますがいかがでしょうか? 《回答》 複数の英語母語話者にも確認しながら作成しておりますが,文法規則に従えば…(質問者名を省略)…のご指摘通りとなります。今後,今回のご意見を強く意識し,よりよい東大オープンの作成へとつなげていきたいと思っております。 ご教示ありがとうございました。 《感想》 #29でご紹介したとおり、質問(1)に対しては、その回答で、「この解釈については,複数の英語母語話者も交えて討論しております。よろしくお願いいたします。」と「複数の英語母語話者」を引き合いに出して、それをほぼ唯一の根拠にして「実質的に質問の中身には一切踏み込むことなく、門前払い」をした河合塾でした。 ・今回の質問(2)では、「複数の英語母語話者にも確認しながら作成して」いながら、「文法に従えば…指摘通り」、「教養ある英語では…文法に反する」「間違い」を犯していることを認めています。 ・そもそも、この第4問(A)の問題の趣旨は文法上の誤りを正すことでした。指示文は、「次の英文の下線部[5箇所]には、文法上とり除かなければならない語が一語ずつある。解答用紙の所定欄に解答する語を記せ」というものでしたが、下線部以外の地の文をわざわざ原文から書き換えて、「文法に反する」「間違い」の文にしてしまったわけです。 ・質問(2)で「複数の英語母語話者にも確認しながら作成して」いながら「間違い」を犯してしまったのであれば、質問(1)の「解釈」で「複数の英語母語話者も交えて討論し」て得た「解釈」であっても、同様に「間違い」もありえる可能性を否定はできないようにも思えますね。 ● 改めて, 件の ”no more…than” の文は、直後にmaybeで始まる文(原典ではmaybeで始まる2つの文)によってその根拠を述べることによって補足されていると捉えて、「このような動物(ワニ)は、今日の我々にとって竜が異質な存在ではないように、その古代ギリシア人たちにとって異質なものではなかっただろう」と解釈するのがより自然ではないか、 という質問(1)に、河合塾は真正面から回答すべきであると考えます。 以上、ご報告でした。これで私の発言は終わりにします。

mabody
質問者

お礼

ご報告ありがとうございます。 やはり河合塾は間違いを認めようとしなかったのですね・・・。 それでは河合塾からの返答が来たところで、そろそろ回答を締め切らせていただきます。 今まで頂いた回答を熟読して自分なりに色々考えてみようと思います。

その他の回答 (35)

  • longrain
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回答No.5

> Such a creature would have been no more alien to the ancient Greeks than a dragon is to us today. いわゆる「鯨構文」ですが、この文章自体がちょっとピント外れの変な文です。 あえて直すとすれば・・・ Such a creature would have been no more alien to the ancient Greeks than a cat to us today. 「そのような怪物は古代ギリシャ人にとって (我々が日常普通にで出くわす猫以上に) とても身近な存在だっただろう。」 ここを一読することをお勧めします。 http://www.eigokyoikunews.com/eigokyoiku/essay/200510/index.shtml  

回答No.4

いろいろno more than について説明されているようですが、これはどうでしょうか。 まず、no more than は not any more than と言い換えられるように、あくまで“否定”の意味でなければなりません。なので、意味は“~でないと同様に~でない”というのが大前提です。いろいろ文によっては綺麗な日本語に直した方がいい時もありますが、“否定”の文を“肯定”の文と考えるのは良くないと思います。私はアメリカでも育ったので結論から言うと“no more ~ than" の比較の文は、比較の意味としては使われていません。“as ~ as”の意味“~と同じくらい~”の否定形として使われているだけです。なぜなら“as ~ as”を否定すると“not as ~ as”で比較の意味“ほど~でない”つまり“less ~ than”、“より~でない”と同じになってしまい“~でないと同様に~でない”と意味が出せなくなるからです。 つまり、“more ~ than”の否定形が“not as ~ as”と比較形を使わず、“as ~ as" の否定形が“no more ~ than”または“not ~any more than”と比較形を使う、ということです。 than の後は否定の意味ですが、通常、not は付けません。let alone、still less、much less の使い方と同じです。 だから、質問の文では、様は、竜という生き物は、ギリシャの時代でも今と同様に、庶民に知れ渡っていた。という、“そんな昔でも、庶民は竜のこと知っていた!?”という驚きを伝えたかったのだと思います。神秘的ですね。 クジラの公式でも、A whale is no more a fish than a horse is. で“クジラは魚じゃない”と言い切り“馬が魚じゃないのと同じに”と ここでも比較の意味はもちろんありません。なぜなら、A whale is as much of a mammal as a horse is. がこの場合の肯定文での言い換えとなり、比較が使われないからです。 質問文で、「どちらも同程度に異質である」と訳す。と書いてあるそうですが、これは、結局「どちらも同様に異質でない(馴染みがある)」とするべきだと思いますよ。

回答No.3

 もっと分かりやすくご説明したいと思います。  クジラの公式を例にとると、  A whale is no more a fish than a horse is. この文章の訳は「クジラが魚でないのは、馬が魚でないのと同様である」ですが、実はこれはかなり意訳した訳でして、直訳は、「クジラが魚である度合いは馬が魚である度合いと同様である」なのです。なぜなら、no は文否定で、no more than ~ で a whale is fish と a horse is fish を比較し、その度合いの差が no more だという意味だからです。ところが、もともと、哺乳類であるクジラが、魚類である度合いなんて皆無で、同様に哺乳類である馬が魚類ではあり得ないのとその度合いは同様ですから、意訳して、「魚でないのは同様」と意訳しているのです。  これをふまえて、お書きの文章を検討しますと、alien to ~ =「異質である」と訳すと混乱しやすいので、「なじみが無い」と訳すとすべては分かりやすくなると思います。つまり「異質である」は、「クジラ」の公式同様に、否定の意味に意訳してしまうのです。「古代ギリシャ人が竜になじみが無いのは、現代の我々がなじみが無いのと同様だ」という訳なら、分かりやすくありませんか?  

回答No.2

 はじめまして。高校で英語を教えてます。  alien to ~=「~にとって、なじみの薄い(浅い)ものである」ですよね。no more A than B の公式は、「Bにとって~であるのは、Aにとって~であるのと同様」つまりAとBにとっての~の程度の差が no more だと言っているのはお分かりですか?結局、no more は否定的な響きが有りますが、程度の差が無いのであって、この文章における、異質感、違和感、なじみの浅さは、確実にあるわけです。  ですから、ご覧の解説書の説明は至極的を得た説明でありまして、全然逆の意味ではありませんよ!

回答No.1

 前後がわからないのでアレですが、文学的表現というか 竜に対する親しさの問題というのかも知れません。  今日に生きる私たちにとって竜はかなり異質な存在だと 思います。少なくとも私は竜を見たことがありません。 だから「(もし)私たちにとって竜が異質ではないという ならば古代ギリシャ人にとっても異質ではなかっただろう」 という意味合いで、逆説的に同じくらい異質である、 と訳することもできるのではないでしょうか。  極端にいえば、前後の文脈によっては、技術の進歩やら なんやらのおかげで「我々にとってもはや竜が驚異ではない 以上に古代ギリシャ人にとって、そいつは驚異ではなかった」 ととることさえできそうです。  公式を知らない私にとって、問題の文は「そのような 生き物は古代ギリシャ人にとってもはや異質ではなかった、 今日の私たちにとっての竜以上に」と理解しますので、 この文の意味は「今日の私たちにとっての竜」の『価値』に 左右されると思います。まさに前後の文脈次第ではないのかな と私は思います。

mabody
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 やはり文脈次第なんですね。 他の回答者様の回答を見ると、文脈が無いせいか見解が割れているようですし、大して長くも無いので明日全文を書きますね(今日は書く時間がないです・・・ごめんなさい)