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理由、原因をなぜ知りたがる?
私たちはなぜ理由や原因を知りたがるのでしょうか。 科学者・・・この現象が起こるメカニズムが知りたい。 納税者・・・納得いく説明を求める。 サラリーマン・・・ミスをした原因、売り上げが上がらない原因を分析する。 被害者・・・なぜ私がこんな目に もちろん日常的に行われていることなので、心情的にはよく分かることです。理由がわかると納得して気持ちが楽になるのはよく分かるのですが、ではなぜ理由がわかると納得してしまうのでしょうか。私たちの探究心の九割九分は理由、原因を調べることに当てられているのではないでしょうか。どうしてそこまでと思う次第です。 我思うゆえに我ありの”我”はなぜこれほどまでに理由にこだわると思いますか。
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- bananasand
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>理由がわかればそのギャップが埋まると考えるのは 理由や原因を知りたがるのは なぜかを回答したつもりです。 理由が解ると納得するのはなぜかを 回答しておりません。 私は、理由を知らないこと自身を問題にしている場合以外、 理由が解っただけで納得することはありません。
- fishbowl66
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えっと、体調不良につき、結論だけ Aの後に、Bが起きる。AはBの原因である。 結局この繰り返しです、植物の葉はパターンの繰り返しで、個々の葉に日光が一番良く当たる配列を繰り返します、蜂は、蝋を使って最も経済的な形の巣を作り、餌を見つけると8の字ダンスで餌のありかを伝えます。長年の進化の過程で選択の余地なく、同じ事を繰り返せば、結果は種の保存に貢献した、と言うか、貢献できたから種として残っているわけです。原因と結果のパターン限られていて、同じ行動の繰り返しが、植物や動物では有効なのでしょう。――これが、植物も因果関係を無視しているわけではない、という説明になるのかな? 人間の場合少し違います、最も大部分の行為は、考えたり選択したりしてはいない繰り返しの行為ですが、意識の上に明確にされる部分が、選択等の場合ですので、ご質問のような状況が一般的と感じられるのでしょう。 大変頭が朦朧としており、こんなんで回答になるのかな、 補足があれば具体的にお願い。でも、答えられないかも。
お礼
体調不良の中でのご回答ありがとうございます。。 植物も含めあらゆる生物が自然の法則にしたがって自分自身を変化させてきたのはよく分かります。 ただ、人は思索によってそれを解明しよう、利用しようとするところが特異ですね。 私が知りたいのは、人はなぜ理由を求めるのかという事です。 そのほうが生きるうえで便利だし有利な点があるのはよく分かります。 しかし、その説明で納得できますか?
- mmky
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[我思うゆえに我ありの”我”はなぜこれほどまでに理由にこだわると思いますか。] 原因と結果の連鎖が存在そのものだからですね。因果の理法といいますがすべてのものは唯一この法則の元にあり、誰もそれを変えれないからですね。原因があるから結果としての「思う我」があり「思う我」という原因があるから縁を介して次の結果がが生まれる。現在は結果であり過去は原因であるわけですから過去を振り返れば原因でしかない。これはこだわりではなくそれが法則だからですね。
お礼
ご回答ありがとうございます。 原因と結果の連鎖が存在そのものだから というよりは 原因と結果の連鎖が存在そのものと考えているから じゃないでしょうか。 例えば、全てが因果によってつながっているとするなら、最初のアクションは説明できないのではないでしょうか。宇宙で例えるなら宇宙の成長のプロセスは因果で説明できるかもしれませんが、なぜ宇宙が存在するのかは説明できない。また、宇宙が膨張したとするならそのきっかけは因果の外にないと説明できません。我々の宇宙はたくさんある宇宙の一つという説もありますが、それでも同じことで、最初の宇宙はどうやって出来たのかという疑問が残ります。 結局、法則にこだわる理由はなんでしょうか?
- cafatabaco
- ベストアンサー率12% (5/40)
1不安を抱けば解明して今後に役立てるかもしれない。 2不安を抱けば恐れて近づかず犠牲をださないかもしれない。 2は人間以外の生物ももっていると思います。 1は知性獲得の結果手に入れた生存本能とでもいいましょうか。 2より1のほうがより有利だからです。 実際に1によって手に入れたものは多く、それによって人間は現在、地球で大手を振って歩いています。 >生存に必要であるならば他の種にもこの機能が備わっていてもいいはずではないでしょうか。 生存に不可欠ではなく、生存に有利な能力です。 ですので人間以外でも獲得しています。 猿系などが最たる例だと思います。 進化の過程で知性を獲得するすべての生物が、「知りたがる」という能力を意識レベルではなく本能のレベルで組み込むと思われます。ですので教えられる、までもなく「知りたがる」を行います。赤ちゃんを見てるとまさにそうですね。 >生存に有利なのは認めますが、それだけが問題であるならばもっと別の楽な方法があるのではないでしょうか。 これ以上はないと思います。この能力の味噌は遺伝子レベルでのプログラムです。まさに本能です。より生存に有利な方法があったとしても、例えば知識。知識を遺伝子レベルに組み込むのは不可能です(例外はあります) 本能レベルでの単純な行動で生存に有利なもの。 それが、「知りたがる」ではないでしょうか。少なくとも現時点では生命はそれを選んだようです。実際に人間が獲得した生存に有利なもの、科学や医学やなんやかんやはすべて「知りたがる」という能力が獲得させたものです。 >数だけでいえば知性を持たないと思われる虫の方が圧倒的に多いのですし。この数の圧倒的な差を見ると本能説は?です。 この文章は、個体数だけを見て人間よりも虫のほうが生存に適しているということでしょうか? 生存に適していない生物 つまり子孫繁栄が難しかったり、すぐ死んじゃう生物。危険がいっぱいで生命の危機に常にさらされる生物、こういった生物のほうが生む子供の数は多いそうです。それは少しでも子孫を残すための生存本能。
お礼
再度のご回答ありがとうございます。 むかし、狼に育てられた少女が発見されたのを知っていますか。 彼女は四つんばいで歩いて、ものを食べるときも手は使わなかったそうです。 もし、本能や遺伝子レベルで、宇宙の成り立ちを思索するプログラムが組み込まれていたとするなら、どうして彼女にはそれが発現しなかったのでしょうか。人間は人として育てられなければ人にはならないのではないでしょうか。ゆえに人間ではなく、人はなぜ理由を求めるのだろうかと思います。 知りたがると書いたのは、理由や原因を知りたがるという意味で書きました。猿が昼と夜が交互に訪れる現象の理由を知りたがるとは思えません。 何をもって種の繁栄とお考えでしょうか。人は危険や死をやたらと問題にしますが、数が多いことを良しとするなら虫のほうが繁栄しているのと考えることも出来るのではないでしょうか。もし虫が絶滅すれば人間もまた絶滅するのではないでしょうか。言い方を変えれば虫に依存しているといえないでしょうか。逆の見方をすると虫は人間に依存しているでしょうか。また、核戦争、自然破壊、等々で我々は常に絶滅の危機に瀕していないでしょうか。 先に書きましたように、この地球上で理由を知りたがる機能は人間ではなく人にのみ発現しています。故に私は本能、遺伝子説に?なのです。
- bananasand
- ベストアンサー率21% (117/533)
理想を持っているからです。そして現実が理想と乖離しているからでもあります。 我が理想をもっているからこそ、我の現実とのギャップを埋めようと行動します。 理想が無くなれば、理由や原因を追及する行動は取りません。 現実が理想に到達すれば、理由や原因を追及する行動は取らなくなります。
お礼
ご回答ありがとうございます。 理想と現実の間の”理由”ですか。 理由がわかればそのギャップが埋まると考えるのは人の癖ですが、例えば戦争の理由をいくら調べても戦争はなくなりませんよね。だからこれは人間の勘違いだと思います。
自ら神たろうとする唯一の生き物だからだと思います。 ここにすべての人の子の悲しみが。。 時に 動物たちがうらやましいですね
お礼
ご回答ありがとうございます。 人はなぜ神になりたがると思いますか。すべての因果を解明すれば神になれると思いますか?
- cafatabaco
- ベストアンサー率12% (5/40)
本能ですよ。 好奇心は生きていくうえで必要です。 これ食えるのか?触ったらどうなる?熱い?痛い?それ気持ちいい?それ硬い?などなど。 解らないものを解明すれば種として生存確立が増す。 解らないものを恐れれば種として生存確率が増す。 >ではなぜ理由がわかると納得してしまうのでしょうか。私たちの探究心の九割九分は理由、原因を調べることに当てられているのではないでしょうか。どうしてそこまでと思う次第です。 解らないことは不安なんですよ。だから解れば安心する。 なぜ不安なのか? 解らないことに対して不安を抱くように作られている。 なぜか? 不安を抱けば解明して今後に役立てるかもしれない。 不安を抱けば恐れて近づかず犠牲をださないかもしれない。 進化の過程で組み込まれた生存本能ですかね。
お礼
ご回答ありがとうございます。 本能ですか。この地球上には100万種以上の動物がいるらしいです。恐らくこの中で知りたがりやさんなのは人間という種だけだと思われます。生存に必要であるならば他の種にもこの機能が備わっていてもいいはずではないでしょうか。生存に有利なのは認めますが、それだけが問題であるならばもっと別の楽な方法があるのではないでしょうか。数だけでいえば知性を持たないと思われる虫の方が圧倒的に多いのですし。 この数の圧倒的な差を見ると本能説は?です。
- littlekiss
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ほ~い~♪shift-2007さん。 真面目にといわれちゃ、ぼちぼちくだけましょうか?いいの?オールナイト?体力に自信は? では、いくぞぇ~~ 用意はいい? シャトルランはじめ!ピッー!! 同語反復 (*^^*)>゛゛゛なんかの参考にならんかな? いやいや、ほれほれ (1)我思うゆえに我ありの”我”は… ↑ 『我』がみっつもあるじゃん、ワン、ツー、スリー で (2)知りたがるもの=人型の生物=人(人間) ふむ、(1)と(2)をまじまじと眺めるジッーっと、似てる 何か見えてこない? あっ?!象形文字じゃん (2)をみてみてみて ヒントみたいに(人間)と書いてあるよ 進化の過程みたいだね ところで、 人っていう字はどう書くの? 人って字はだな、 ヒトとヒトとが こういうふうに 支えあってだなぁー、 『人』っつぅー字になるんだなぁ で、人間って? ヒトとヒトが交わることによってだなぁ、生まれた生命が人間じゃい 同語異議復元法
お礼
なんかちっとも分かりません
- littlekiss
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shift-2007さん、お返事をいただきどうもです。 補足をお書きいただいたのですが、どうもよくわからないのでもう少しおたずねさせて下さいね。 ●…人間を含めどんな生物も食事というのは本能的で、人間がどんな思考パターンを好むかは別次元じゃないでしょうか ↑ と、お書きですが、質問文では「知りたがる」とあります。「知りたがる」のは誰?無論、知りたがるのは人ではないでしょうか?お返事の中に「人型の生物」とのお答え。敢えて「人」とはお書きにならず「人型の生物」とお書きなのは、その前に置かれた「今パソコンの前にいる」という言葉から察するに「未確認生命体」を暗に語っておられたのでしょうか?通信のみのやり取りをする何者ともわからぬ相手。それが人なのか?自動制御で速記する機械なのか?確認出来ない以上「人型の生物」とお書きだったのかな?それにしても「知りたがる」とあれば意思を持つもの、その主体は自ずと意思を有していることになりはしませんか?先のお返事に再度戻り見てみると「本能的」という言葉があがってきています。本能的ならば意思を有するといえるでしょうか?『無条件反射』という場合もありますし、本人の意思には関係なく行ってしまう行為、動作…etc。考える(意思を有する)主体を考えるとすれば、人間がどんな思考パターンを好むかというのは「好むor好まぬ」というひとつの意思が働いているのですからshift-2007さんの言葉を借りるとすれば「知りたがる」「人型の生物」と合致するのではないでしょうか。意思を有する主体とみれば。別次元の話ではないのでは? ◎言葉を獲得したからではないでしょうか? 意思確認
お礼
ご回答ありがとうございます。 littlekissさんはずいぶん真面目な方なのですね。 知りたがるもの=人型の生物=人(人間) と仮定したらどのような回答となるでしょうか。
- littlekiss
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こんばんは、shift-2007さん。 言語を獲得したからではないでしょうか。 No.3へのお礼文を読み「?」が少し… QNo.3164842質問文には確か「私たちはなぜ…」とした書き出しの問いでお書きでしたよね? ●植物は光合成をするのに理由を必要としないのではないでしょうか。 書き出しの「私たち」というのは、動植物すべてを前提として含んでの問いなのでしょうか?そうではなしに「私たち」とは、人を前提とした問いなのでしょうか?仮に、人を前提とした「私たち」なのなら、なぜNo.3の回答へのお礼文に植物は光合成をする理由云々を持ち出すのはいささか話がそれているように思えもするのですが… 「私たちと」は?
お礼
ご回答ありがとうございます。 植物の話をしたのは、人間を含めどんな生物も食事というものは本能的で、人間がどんな思考パターンを好むかとは別次元じゃないでしょうか、という意味でした。「私たち」とは今パソコンの前にいる人型の生物のことです。 >言語を獲得したからではないでしょうか もう少し、ご説明願えないでしょうか。 よろしくお願いします。
お礼
再度のご回答ありがとうございました。 一人で先走ってしまったようで申し訳ありません。 >理想が無くなれば、理由や原因を追及する行動は取りません。 とありますが、好奇心は理想とは違うのではないでしょうか。例えば子供がラジオを分解したり、天文学者が宇宙の成り立ちを思索するなど。