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「洋妾」=「ラシャメン」の語源をご存じですか?
洋妾(らしゃめん)」は文字でお分かりでしょうが、江戸末期から明 治維新にかけて、西洋人の日本での現地妻となった女性を蔑視したこと ばです。「綿羊娘」と書いたものもあります。有名なのは、米国の初代日本 駐在総領事「タウンセンド・ハリス」の妾となった「唐人お吉」でしょう。 そこで、質問です、何故「洋妾」「綿羊娘」を「ラシャメン」と呼ぶようにな ったのか、「ラシャメン」を漢字変換してみると「羅紗面(綿)」となり、当 時の綿織物の織り方にも関係あるのかな?と疑問を持ちます。 又、日本人サイドからは「洋妾」ですが、西洋人からはどういう呼び方を されていたのか(もしあれば)、参考になる当時の文献など有れば教えて 下さい。 質問するに当たり、「国語」「歴史」どちらのカテが良いか迷いました が、直感で「歴史」の方が詳しい方々が多そうなので、よろしく。
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>そこで、質問です、何故「洋妾」「綿羊娘」を「ラシャメン」と呼ぶようになったのか http://72.14.235.104/search?q=cache:84u1j7zMPqkJ:www.geocities.co.jp/CollegeLife-Circle/2248/jinpaga02.html+%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%A1%E3%83%B3+%E8%AA%9E%E6%BA%90&hl=ja&ct=clnk&cd=1 ここに 【資料その3の(2)の短い記事は、ラシャメンという単語の由来の一つの説で、明治5年の横濱毎日新聞で見付けたものです。読みにくいかと思いますが、セクシャルな話ですので大きな声で講釈はしませんが、やはり羊と山羊を混同している一例でもあります。ラシャメンについては「横濱市史稿」にも由来の考察が載っています。】 ということで資料3を見ますと ↓ ↓ 【(1)又蛮船<以下は小さな字で2行書き アメリカなる由>のうちにラシヤ(緬羊)と云獣を畜へり。大さ和にある狆(チン)のごとく、形も略之に類すれ共、尾は短く毛は長くして三寸許に及び、色は灰白にして細く柔かに光沢有て甚麗はしく、年中二度毛を替るよしにて、其毛を以て織るものを真の羅沙と云 ラシヤは蛮言なれども地名に未だ見ず。何さま獣の名にして此が毛をりと云は当れる事也。羅沙と書くも当字也 彼の地にも多からぬかして、上官のもの富豪の者と雖八、九疋よりは畜はず。其次は是に順じて三、四疋一、二疋、下に至ては畜ひがたしとなり。 (2)羊紙を嗜む 当港に或る紙商売の者是迄南京人方へ売込来候処いつしか南京人抱入羅紗羊に能見込南京人の留主を伺ひ交接し或は料理屋にて出会追々度重り終に当主の耳に入県庁へ訴出男女両人共昨今所預に相成初発此媒酌は同居の印度人取計ひたるよし 或云外国人の抱入女を羅紗綿と唱へるは外国にて下賤の者は兎角綿羊と交通する趣よりして此等の婦人は綿羊に齊しき者にして羅紗綿と称せるよし按るに羊は紙を嗜む性質より起る事歟依之見れは紙商売の者は能々注意し商売可致事也】 ↑ ↑ 読めません・・・・ 誰か解読してください。 (これは文語なのでしょうか・・・) つづいて 【まっとうな方では辞書「大言海」の編集者だった大槻文彦が「外来語源考」の中でラシャメンは「布ノ羅紗ニ供スル毛ヲ取ル綿羊ノ意ナリ」といっています。漢字で書くと羅紗に綿です。】 らしゃめんは羅紗綿と書いていたようで、ラシアって何?ロシア?小型犬? わからないです。 で、なんで西洋人の愛人をラシャメンと呼ぶようになったのか。 これ 関係ないでしょうか? 上に張ったリンクのページの下の方に書いてあるもの。 【私は大正7年に東京で開かれた畜産工芸博覧会で子供たちがラシャメンと呼んでいた証拠を見付けました。その記事はこうです。「この従順にして人馴れよき動物は本邦織物界の将来の大任を負ひつゝも、群がる少年団にラシャメン/\と呼ばれながらたゞメーメーと酬い居れり」】 つまり洋にすぐなついたというのを皮肉ったとき、蔑視として使うようになったのではないでしょうか。 ハーフの人もラシャメンと差別として使われていたようですが、この場合のメンは顔(面)? 羊(羅沙)顔? 西洋顔?
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羅紗という生地ははポルトガル語のRAXAから来ています。毛織物の一種で分厚く、表面を起毛させ、表面からでは織り方がわかりにくくなっています。 当時の日本にはこんなものはありませんでした。西洋から渡ってきたもの、西洋人が着ていたものということから、「羅紗イコール西洋人」ということになったものと思われます。 唐人は本来は中国人のはずですが、外国人を意味するようになり、毛色の変わった外国人を「毛唐」と蔑称されたのと、よく似ています。 「緬」も「綿」も木綿ということには限定されていません。ふわふわした細い繊維のことを指します。「真綿」は蚕からできる屑綿(クズワタ)から作ります。絹と同じですね。 さて、羅紗緬の「緬」OR「綿」が西洋人船乗りの綿羊OR緬羊の獣姦からきているという説が有力なようですが、別の説もあります。 「緬を生地あるいは衣服と捉えて、西洋人にくっついているもの」また、さらに品が落ちますが、綿の入った普通の布団は日本人男性の下に敷かれますが「西洋人に組み敷かれる布団」という説もあります。 私は船乗り緬羊獣姦説よりも、こっちの方がマイルドで好き?ですね(笑)。
ラシャという生地は、フェルトのように羊の毛を圧縮して、作る生地です。 毛足のない固めのカーペットを想像していただきましょうか。 そのダッチワイフがラシャ製なのだと思います。 古いコートで、ラシャ製のものもありますが、重いです。 ラシャについてのみ補いました。 ハリスさんは、敬虔なクリスチャンで、メイドだったお吉さんに手は出していない気もします。 すごく美しい人ですよね。 シーボルト先生の現地妻おたきさんとのエピソードもとても好きです。
お礼
「そのダッチワイフがラシャ製」説には即賛成しかねる 部分もありますが(爆)(泣)(笑) 下記は某サイトからの引用です。 ==================================== 羅紗はポルトガル語の「raxa」の転じた語である。 近世の初頭にポルトガル船が持ち渡った「raxa」 をラシャと呼んだのがはじまりである。羊毛で 地が厚く、織(平織)の組織がわからないほど 毛羽立たせた毛織物である。 ==================================== この質問の発端は「杉本章子」さんの「間諜 洋妾おさん」でした。 「江戸繁盛記」の作者・寺門静軒を描いた「男の軌跡」(昭和54年) で歴史文学賞佳作に入選して作家デビュー、浮世絵師・写楽の謎に迫 る「写楽まぼろし」(昭和58年)で直木賞候補、さらに、「江戸名所 図会」や「武江年表」を著した斎藤月岑を描いた「名主の裔」(昭和 60年)でも直木賞候補、そして、最後の木版浮世絵師・小林清親を描 いた「東京新大橋雨中図」(昭和63年)で直木賞を受賞している。 杉本章子の作品を読む時、その歴史的事実の緻密さ、素晴らしさに驚 かされる。それもそのはず、作者は江戸文学の研究者なのである。 ====================================
- buchi-dog
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広辞苑で「らしゃめん」を引くと 「(西洋の水夫が緬羊を船中に飼育して犯すという俗説による)日本に来ている西洋人の妾になった日本女性を卑しめて言う語。外妾。洋妾」 と解説されています。分かりやすく言うと、「異人に飼われるダッチワイフ羊」=「らしゃめん」ということでしょう。女性を「性欲処理のために飼われる獣」に例えるのですから、ひどい侮辱表現ですよね。 なお、質問者様は「江戸末期から明治維新にかけて」と言われますが、16世紀に南蛮人が日本にやってくると、九州を中心に「らしゃめん」に相当する女性が当然ながら発生し、混血児が生まれたようです。混血児は、社会の底辺で不幸な生涯を送ることが多かったようで、これは江戸末期から明治時代でも同じです。明治初期の外国人の見聞で「紅毛碧眼で日本語もろくに喋れない人力車夫や沖仲仕(いずれも最下級の仕事)がいる」ことが報告されています。 九州の某県出身で、どう見てもどこかで西洋人の血が入っているとしか思えない容貌の方(もちろん日本国籍、一流大学卒のエリート)を存じています。もしかすると、混血が生じたのは16世紀の南蛮貿易の時代かもしれません。 「又、日本人サイドからは「洋妾」ですが、西洋人からはどういう呼び方をされていたのか(もしあれば)、参考になる当時の文献など有れば教えて下さい」 これは簡単で「現地妻」です。これは、今の日本人が発展途上国に行って「現地妻」を持つことも現にありますので分かりやすいでしょう。「現地妻」を英語でどう表現するのかは存じません。 妻子を伴わない外人は日本ではカネで買った現地妻(娼婦)と刹那的な生活をすることが多かったのが事実です。 一方、文学者ラフカディオ・ハーンは、日本で日本女性と正式に結婚し、日本国籍を取得して小泉八雲と正式に名乗りました。彼は、現在も法的には「大日本帝国臣民 小泉八雲」です。彼が官立学校の英語教師という公職についたこともあるでしょうが、実に立派なことだと思います。 ところが、海外の文献では日本女性との法的な婚姻も日本への帰化の事実も無視し、「ラフカディオ・ハーンは終生独身であった」としているものもあるとか。(何かの本での孫引きですので、実際にどんな文献にそう書いてあるのかは分かりませんし確認できません) これが事実とすれば、小泉八雲の正式な配偶者であった小泉節子(戸籍名は「せつ」と聞いています)は、海外では「ラフカディオ・ハーンの現地妻=らしゃめん」扱いされていることになりますね。八雲・節子ウ夫妻に実に失敬な話です。
お礼
「広辞苑」&「南蛮船渡来時代から」のご説明はよく分かりました。 有り難うございました。 「紅毛碧眼」で思い出しました、「フォン・シーボルトの娘」 確か「吉村昭」さんの小説を読んだような気が、、、、「ラシャメン」 さんではありませんが、、、そのようないじめられたたをされたと
補足
「現地妻」=「Local Wife」でいいかなと思います。
書きにくい回答ですけど、ダッチワイフをご存知でしょうか。 昔は出来のよいものが無いので、男ばかりの船乗りが長期の航海に出ると、性欲が溜まってしまうので、羊を乗せていったという俗説があり、ポルノ小説でも羊は獣欲ものの定番の1つで、人間の女性と感じが似てるらしいです。 それで船でやってきた外国人の相手をする女性を綿羊とすりかえて、「ラシャメン」などと呼んだと言うことのようです。
お礼
「獣姦」→「獣欲」→「羊」→「綿羊」 の繋ぎはよく分かりましたが、「羅紗」は? 「羅紗綿」?
お礼
かなり、お陰様で、「真相に近づいたやうな」(大袈裟な) 有り難うございました。