そもそも「A級戦犯」という概念が非常にいい加減なものです。
ドイツと結んでポーランド東部・バルト三国を併合し、フィンランドに戦争を仕掛けて領土を掠め取り、更に日本との中立条約を弊履の如く捨て去って多くの人命と領土を奪ったスターリンは何故裁かれなかったのか。
満洲事変で最も重要な役割を果たした石原莞爾も起訴どころか拘留もされていない。
「BC級戦犯」でも原爆投下を決定したハリー・トルーマン、都市への無差別爆撃を指揮したカーティス・ルメイなどは当然該当するはず。
それから「ドイツ国籍や無国籍のユダヤ人を抹殺する」行為は国際法に規定がなかったため「人道に対する罪」なるものを事後に拵えて裁く他ありませんでした。
ドイツの軍人やSSの行動部隊指揮官、強制収容所運営者、そして治安機関(ゲシュタポなど)関係者たちは「国家行為(公務員が国家の命じるところによって実行した事柄は責任を問われないという法理)」を根拠に無罪を主張しました。
全ての責任は命令を下す上司が負い、最終的には終戦時既に消えていたヒトラー、ヒムラー、ハイトリヒ、ゲッベルス、ボルマンに押し付けられることになります。
それに対して、大日本帝国では積極的に戦争を推進する特定の指導者などは存在しません。
張作霖爆殺からポツダム宣言受諾までにざっと17の内閣が成立しては消えて行きました。
陸軍大臣は約14人、参謀総長は6人が在任しています。
こんな不安定な人事慣行が平然と続けられていた(戦時中ですら定期異動が行われていた!)のに連合国の言う「共同謀議」など可能なはずがない。
死刑になった7人の内訳は対米英開戦時の首相・陸相だった東條、満洲事変に関係した板垣、土肥原、東條陸相の下で次官だった木村、軍務局長やフィリピン戦線での方面軍参謀長などを務めた武藤、北支事変勃発時の外相だった広田、第二次上海事変以降南京攻略まで派遣軍司令官だった松井ですが、東條と武藤は対米戦回避を模索していたし満洲組では石原、片倉衷、花谷正らは追及されていない。木村は陸軍次官とは言えお飾りだし、広田は巡り合わせが悪かっただけ。
そして松井石根に至ってはより責任があるはずの柳川平助や中島今朝吾が既に死亡し、また皇族である朝香宮は除外されたので生贄にされただけという杜撰さ。
アメリカが山本五十六を戦時中に始末してしまったため海軍からは死刑判決を受けた者が出なかった。
「共同謀議」などが行われていたら戦争指導はもっとマシだったでしょう。
それと靖国神社や神道についての無理解が外国人だけでなく日本人にも蔓延っているのも問題。
菅原道真や淡路廃帝淳仁天皇、東国の新皇平将門、日本一の大怨霊崇徳上皇のように不遇の最期を遂げた人々が災厄を齎さないように祀ることも珍しくない。
幕末以来天皇を頂く国家のために戦い生命を落とした人々が怨霊化しないよう祀ったのが招魂社(靖国神社)でしょう。
そこに三権の長や天皇などが参拝し魂を鎮めることを他国からあげつらわれる筋合いは一切ないのですよ。
因みにドイツ国家は1945年5月23日付で消滅し1949年に新国家が連合国によって樹立されるまで完全な占領地域であり、敗戦後も政府が機能し続けた日本とは事情が全く違うので比較対象には相応しくないのです。