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感情と感覚は違う?
厳密な心理学用語の質問というより日本語の使い方の質問と受け取って構わないのですが「感情と感覚は別のもの」と理解してよいのでしょうか、あるいは「感情は感覚の一部」とか「もともと重なり合っている用語」と理解したたらよいのでしょうか。どなたか教えて下さい。 ちなみに私の個人的意見は「感情と感覚は別のもの」というものです。 たとえば 悲しいは感情で感覚ではない。 痛い は感覚で感情ではない。 などです。ただ、ムカツクとか頭に来る、などの表現は両方を含んでいるように思うので、二つの関係がいま一つ、分りにくいのです。
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知覚・触覚・嗅覚・味覚・視覚など感覚には人間の体の一部が関わり、大きく影響しています。 ある物を見て(視覚)大きな恐怖を覚えた時に、その人の心の中には「恐れ」「拒否」「拒絶」「忌避」⇒「嫌う」「イヤ」などの感情が湧き出してきます。 またあるものに触れて(触覚)今までに無い快さを覚えたとき、その人には「快さ」「快感」「心地よさ」⇒「好く」「喜び」という感情が湧き出してきます。 このように感覚で捉えて、喜怒哀楽という感情で受け止めるのが人間の常です。 「感覚無きところに感情なし」 「感覚あるところに感情あり」とでも言いましょうか。 しかし、感情無きところでも感覚はあると思います。 人間の感情は好きだ、嫌いだと、感覚を経てきた物事を瞬時に判断し、反応します。 この「瞬時」というのは、その人が過去の感覚を覚えていて、ある種の条件反射のように感覚を経ないでも感情が湧き出すということも含まれるのです。 あの時あの嫌な感覚を経験したから、今回は遠くに見てきただけでも「イヤだ」という感情をむき出しにして避けようとしたりするのがこの例です。 かつての体験で得た「大きな感情の起伏」は、次には改めて感覚で捉えなくても感情が反応してしまうことがあり、このことが人間の人生を大きく左右することに発展させてしまうこともあるのです。 質問にある「ムカつく」「頭にくる」などは「酷いことを言われたことで怒りの感情が吹き荒れた」わけでしょうが、又次にもその相手が目の前に現れただけでも、今度は何にも言わないのに、あの時のことが頭を過ぎり、あの時と同じように「怒りの嵐が吹き荒れてしまう」わけで、感覚をベースにして感情が表れてくる好例かもしれません。
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- kobarero
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物理的・生理的原因で生じるのが「感覚」で、社会的・文化的原因で生じるのが「感情」だと思います。 そのため、「感覚」は、その生じている場所を「特定」できますが、「感情」は、その生じている場所を特定するのが難しいです。 たとえば、「見える」という「感覚」は目で生じ、「臭い」という「感覚」は鼻で生じ、「便意」という感覚は肛門に近い大腸で生じ、「かゆい」という感覚は、特定のかゆい場所で生じます。それに対し、「悲しい」、「悔しい」、「うれし」、「腹立たしい」などの感情は、その発生している場所を特定するのが難しいです。
- macinspire
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2です。 その対象が何であるかの経験や知識がないと生じないと思いますので,感情ではないかと。(ライオン=食べられる=怖い。「高いところ=落ちたら怪我をする=緊張」) もちろん,本能に立脚するものは感覚に近い感情もありますでの(「自分より大きいもの=本能的になんとなく警戒,怖い」)完全に分離するには中身の吟味が必要でしょうが,
- macinspire
- ベストアンサー率39% (235/600)
外界から受け取ったもの=「感覚」 感覚を分析したものから考えて生じるもの=「感情」 強い感覚は,分析を経ずとも「感情」になるので,重なる領域があるように見えるのでは? あと感覚にも,訓練を経て新たに得る「感覚」もあるように思います。物事に対して意識せずとも「なんとなくこうじゃないかな」と判断ができるようになる。 ファッションセンス,学問のセンス等の「感覚=センス」は別物として考えるとすっきりするのでは?
- kanpyou
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確かに、2つの言葉は接した関係にあるものだと思います。 ある刺激により沸き起こる「感情」 その刺激の感じ方「感覚」 「感覚」は、痛い、痒い、甘い、辛いなど、強弱の個人差はあれ、大きな違いはないと思いますが、「感情」は人により、180度異なることも少なくないと思います。
補足
ありがとうございます。 外界から受け取ったものが「感覚」で、感覚には訓練など過去の体験から生まれることがあるということですね。 ただ、感情の方はまだピントきません。 恐怖や緊張などは、感情でしょうか。感覚でしょうか。 これは感覚を分析してたものから考えて生じるものではないと思うのですが。