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人生に挫折は必要か **沢山の方の意見聞きたいです**
こんにちは、 高校受験を終えた中学三年生です。 えっと、結果は志望校には不合格になりました。 4月からは併願の私立へ進学します。 結果がわかったときは本当に悔しかったんですが、 もう今は自分の心の整理はだいたい出来ています。 そして、思ったんですが 【人生には挫折が必要か】ということ。 今の私の場合は 挫折=志望校不合格 という形で考えています。 また、 【この不合格をわたしは今後どういう風に生かすべきか】大学へは進学するつもりです。 たくさんの方の意見などを待っています。
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- narumi2ok
- ベストアンサー率28% (4/14)
私も第一志望は落ちました。しかも大学です。 そしてそれが最終学歴として残りました。 でも私はそこに落ちた事は挫折ではないと思ってます。 挫折をどうとらえるかは人次第ですが、 私は本当の挫折は一番なりたいものや達成したかった事がか叶えられない時に感じるものだと思っています。 私は人生での一番の目的は大学合格ではなかったので。 貴方も志望高校に受かることがこれからも踏まえた人生の一番の目的だったわけではないと思います。 でも、今回の不合格から学べるものはあったと思います。 自分の甘さや学力不足・認識不足などなど そして何より自分はもっとがんばらなきゃだめだ。という想い。 それはさらりと受かっていたら見落としてしまっていたかもしれないものです。 それに気づけて改善できる。 これは長い目で見ると明らかなレベルアップに繋がります! そして、そうやって失敗を重ねていく事で力はついていきます。 そしたらいつか訪れるもっと厳しい本物の挫折にも立ち向かう事ができるようになる! …と私は思っておるのです。 とりあえず受験お疲れ様でした。 そしてご卒業・高校合格おめでとうございます。
- russy1
- ベストアンサー率11% (20/178)
必要かどうかとは別に一得一失という考え方があります。ひとつの挫折を一失と考えると必ずその挫折がなければ得られなかった何かを得ているということです。逆に何か良いものを得た時にはもっと良いものを失っている可能性があるということではないでしょうか。天は二物を与えずというのは少し違う意味ですが、似ていると思います。ご質問に対する私の考えは必要でもあり必要でもないというようなことになります。
- bo-suke
- ベストアンサー率23% (58/242)
まず一番きつい見解から。 事実は反転しない。 では、何が大事か。 人は考えることができる。 なぜ失敗したのか考えれば、次は成功するかもしれない。 同じようなケースで成功するかもしれない。 次にかなり重要な見解。 失敗した人のことを本当の意味で励ませるかもしれない。 失敗した人のことは、失敗したことのある人でナイトわからないものですよ。そういう意味ではよかったのではないでしょうか。一度も失敗したことのない人がいたら、その人はきっと本当の意味での人間がどんなものか知らず、意図せずして酷い仕打ちをするでしょうしね。これは結構経験上実感しています。 最後に一つ具体的な提案を。 面倒だと感じた時に、「不合格」のことを思い出したらどうでしょうか。きっと次は失敗しないという気になれるのではないでしょうか。これは大きいですよ。無い人は折れやすいですからね。 なんにしても考えすぎると次のチャンスも逃しますよ。これは確かです。
>人生には挫折が必要か 人それぞれ違う人生感なのに、必要も不必要も人それぞれだと思います。 >この不合格をわたしは今後どういう風に生かすべきか 人間は、感覚を持ちます。その感覚が人生において自分が決断するときの方向性です。簡単に言うと性格です。 どうかすべきか、考える前に、自分自身を知ることです。自分自身の性格、自分自身が持つ先天的なもの、自分自身が向上できるもの、自分自身の今の能力などを知ることが自分を知るということです。 それを知った上で、自分の人生の方向性を考えた上で、生かすか生かさないか考えれば良いと思います。 ―――――――――――――――――――――― 人間は、経験をすることで気付くことがあります。その経験したことにより何かに気付き、その何かが自分のためになるもの、自分のためになりそうなものだったら、良い経験したお感じます。 それが、人間の生き様というなら、挫折も良いかもしれませんね。私は、基本的に拒みますけど
- hakobulu
- ベストアンサー率46% (1655/3578)
【人生には挫折が必要か】 目標は「達成しようとするもの」であって、「達成したもの」ではない。 「達成しようとするもの」から「達成したもの」へ変化するためには未来へ向かう時間の流れを必要とする。 未来に起こる出来事を完全に予測することは不可能であり、「達成したもの」に変化するはずが「達成できなかったもの」となることがあるのは、論理的必然である。 「達成できなかったこと」を挫折と呼ぶのであれば、挫折は目標を持つ人間が必ずと言っていいほど遭遇するもの、ということができるように思います。 そして、人間は大なり小なり常に目標を持ち続ける生き物でしょうから、挫折に慣れておく必要があります。 なぜなら、年齢を重ね、様々な責任範囲が広がっていくにつれて挫折の規模も大きくなっていくからです。 ここで、次のご質問に移ります。 【この不合格をわたしは今後どういう風に生かすべきか】 とはいえ、挫折は必要だから存在するわけではありません。 人には思い通りにならないことがある、という絶対的な事実を示しているに過ぎません。 ただ、経験することによって免疫ができるということもまた確かでしょう。(その程度にもよりますが) 「どういう風に生かすべきか」と大上段に構える必要は全くありません。(欺瞞に陥る危険性すらあります。) 「もっと努力していれば・・」などと悔む気持ちも多少はあるかもしれませんが、これを反動的な推進力として活用してしまうことのないように留意して欲しいと感じます。 人生は瞬間の積み重ねです。後へ戻ることはできません。 「今をどう生きるか」ということの集積が「未来」です。 「不合格をバネにして・・」とか力むことなく、人生思うようにならないこともあるという摂理を実感させてもらった、ぐらいに飄々と受け流して欲しいものです。 高校ご入学おめでとうございます。 目指すべき学問と良い友人に出会える、充実した高校生活になるといいですね。
お礼
ご回答ありがとうございました。 又、素敵なご意見ありがとうございました。 今をどう生きるか 今自分がやりたいことはなにか を常に心におき、これからの三年間さいごまで頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。
- tarou04
- ベストアンサー率19% (40/203)
挫折は必要というより人生において挫折とは常にただよっているのではないでしょうか? 現状維持、目標に向かって努力したことでも結果がおもいどおりにならないことは多々あります。そして、それらのことは生まれてくる人間全員がなんらかのかたちで経験をしつみあげあれた「滓(かす)」のようなかたちで蓄積されるものだと思います。答えはそう簡単にはでないもの。 質問者様が今は「挫折」ととらえている事柄においても、それは長い人生においてほんの小さな「滓」なんだと思います。だから、これぐらいで「挫折」と考えずに(今は酷かもしれませんが)、これからもほんとうに沢山の挫折があると思います。先人も経験してきました。それらを質問者様の未来ボールの底に蓄積していってください。 これしきのことでくよくよしない!(きついようですが励ましです!)これぐらいしか経験していないのだからそれぐらいであきらめないでほしいです。 幸運を祈っています。
お礼
ご回答ありがとうございました。 滓 ですか。その通りかもしれませんね。 これからも、いっぱいいっぱい滓を集めて素敵な人間になりたいです。これからの三年間さいごまで諦めないで頑張ってきます。ありがとうございました。
- ucok
- ベストアンサー率37% (4288/11421)
挫折は人生に「必要」というよりは、人生に「つきもの」ですよね。どんなに守られているお城のお姫様でも、必ず一度は挫折しますよ。だって理想ほど曖昧なものはないんだもの。 それを大前提に言うと、小さな挫折を味わっておけば、いずれ大きな挫折が来たときのための練習になるし、大きな挫折を乗り越えられれば、自信がついて、今後、ちょっとした挫折が来ても比較的平気でいられますよね。 さて、不合格をどう生かすかですが、その生かす道を自分で探ることにこそ挫折の意味があるのだと思いますよ。これが「私のために慰めの言葉はありませんか」というご質問なら、それなりに答えられますが、挫折の生かし方というものは自分で見出すべきです。 ちなみに、志望校不合格なんて、長い人生の中では、かなり小さな挫折だと思いますよ。学校は手段ですから。その先の未来を確実に目指していけばいいんじゃないでしょうか。
お礼
さっそくご回答ありがとうございました。 挫折は人生につきもの…その通りですね。 その挫折を大きいものにとらえるか、小さいものにとらえるかは自分次第ですよね。でも、やっぱ大きいものでは小さいものでも、過去の挫折だったら、今思えばやっぱり小さいものとして考えるんだと思います。 これからの三年間、この挫折を胸に頑張ってきます。 ありがとうございました。
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お礼
ご回答ありがとうございました。 なにかすごい自分的に衝撃を受けました。 自分を知ることは私も大切なことだと思っています。 この三年間で自分自身を知る ことを忘れずに頑張っていきたいです。ありがとうございました。