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A級戦犯の3人について

A級戦犯だった、岸信介、笹川良一、正力松太郎の3人は、どうして釈放されたんですか? 無罪判決が出たんですか?

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  • ベストアンサー
  • junt
  • ベストアンサー率38% (97/254)
回答No.4

 東京裁判は、なるほど正式名称は極東国際軍事裁判であり、多くの国籍の人々が関係していますが、それは国際法に基ずいて行われた訳ではありません。  これは、占領軍の最高司令官であるアメリカ陸軍元帥ダグラス・マッカーサーの昭和21年(1946年)1月19日付による特別宣言書に基ずいて設定されたものです。  そして、東京裁判が主要な罪状とした、開戦したという意味での戦争犯罪とか、平和に対する罪などは国際法の下では無かった概念です。つまりマッカーサーの指示で作られた法廷が、勝手に法律を定め、それを時間的に逆行させて裁くということ、すなわち事後法による裁判ということであり、これは文明国では絶対にやってはいけないことなのです。戦犯とは戦勝国側の一方的な呼び名で実態は報復のための戦死者と言えます。  昭和25年(1950年)6月25日朝鮮戦争が勃発するとアメリカは参戦するため日本の協力が不可欠となり、この日を機に死刑が確定していた戦犯も1人として処刑されることはありませんでした。全ては、戦勝国の都合だったのです。  翌年サンフランシスコ講和条約締結により日本が独立すると、連合国の作った法律も無効となり戦犯は国内法での管理下となりました。

その他の回答 (6)

回答No.7

戦後、東京裁判でA級戦犯が決まったものの冷戦構造が激化していく中で、そんな戦犯を裁くほどの余裕がなくなってしまったんです。一種の占領政策の転換です。 結果的に岸信介は内閣総理大臣になり笹川良一は競艇の父と呼ばれ正力松太郎はプロ野球の生みの親と呼ばれている現実はおかしいの一言ですね。A級戦犯の人間が内閣総理大臣になりさらには岸・笹川は国連平和賞なんかも受賞したりしていますから。

参考URL:
http://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF
  • napoli
  • ベストアンサー率45% (5/11)
回答No.6

あくまでこの3人はA級戦犯容疑者です。逮捕はされましたが、起訴はされていません。 数字は不確かですが、A級戦犯容疑者は118人くらいいます。 そして、A級戦犯が確定し刑に服した者が25名いますが、これはあくまで部分的裁判であり、これ以外にも118人の容疑者の中から起訴しようという動きがあり、岸・児玉などは有罪が間違いないだろうということでしたが、この間に世界情勢が大きく変わり、早く日本を独立させた方が得という考えが勝ち、続いての起訴は見送り、釈放という動きになったのです。

回答No.5

自分で言っているだけではなかったですかね。 「(本当なら)A級だった」と言うことで自分は重要な人物であったと思いたかったのではないでしょうか。 本当にA級戦犯だったかどうか…。

回答No.3

アレ?その3人は東京裁判にいなかったのですが、BC級じゃないんですか?

回答No.2

1953年に国会で「戦争犯罪による受刑者の放免に関する決議」が可決され、戦犯達は釈放されました。          ちなみに戦犯のA・B・Cは、罪の重さではなく、 罪の種類によって分かれていますので勘違いなさらぬよう気をつけてくださいね。             

参考URL:
http://members.jcom.home.ne.jp/persianopeh/research/senpan/
  • KYOSEN
  • ベストアンサー率22% (68/300)
回答No.1

東京裁判等のビデオを見ると 「被告席の数」という制約条件の存在を示している ようですが・・・。 連合軍にとっては、戦犯はだれでも良かったような気がします。 シンボル的な 陸軍「東条」を除いては。

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