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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:「きれいごと」について)
「きれいごと」とは
このQ&Aのポイント
- 「きれいごと」とは、理屈は正しくても現実には実現できないことを指します。しかし、実現可能なことを証明すればOKです。
- 思想や哲学はすべて「きれいごと」なのか、それは実体験に基づいているのか疑問があります。
- 「きれいごと」は慰めや勇気づけになるが、自分自身で体験して結論を得たものなのか、という疑問があります。
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お礼
>理想が実現できる範囲においては、理論になっていると思います。 私もそう思うのです。理論というのは、万人に共通する普遍的なものです。心の整理ができていないとき、問題にぶつかったときに救うのは「理論」です。 その理論こそが哲学だと思っていますから、「きれいごとというのは哲学なのか」というこの自問についてはイエスという答えになるかと思います。 ですから「きれいごと」というのは、その人の経験からくる答えを濾過した理論ですから、万人といえなくとも、誰か一人のためにはなると。たったひとつの真実を、不特定多数が適用するか、それともそのように、たった一人が適用するかは本人の意思によりますから。 >いい関係を構築し互いに手を結んでいれば もちろん同意します。一方でノーともいえます。 昔、死後の世界を「純粋に」知りたくて山から飛び降りた少年の話を知りました。 もちろん私は彼のことは知らないので、真意はわかりません。でもこのエピソードにはすごく衝撃を受けたのです。だから今でも鮮明に「記憶した」ということを覚えています。 彼は純粋に死にたかったのかもしれませんが、実は孤独に悩んでいたため、自殺の理由を彼にしか分からない事情のための口実にしたのかもしれない。それでもその口実が、いかにも厭世の美に包まれていて、彼の考え方は、私の中では自殺肯定の根拠となっています。 そうでなくとも、私は自殺について、本能的には当然誰も死を恐れているなど考えていません。むしろ「生」の方が「死」よりも険しい道です。それを否定するときに、自殺は罪だという(根拠のない)考え方がありますが、死を忌むべきもの、もっとも恐れるべきものだと考えている人たちが、自死者に自分の恐れを投影して「罪」だと考えていると思うのです。 いわゆる「死にたいは生きたい」ですね。 その切実な気持ちを誰からも顧みられず「死」を選ぶのでしたら、自死者を責めるのは死人に鞭をふるうようなものです。 ですから「自殺は罪」だという人間も、仮に「自分でそれを実行できないことがきれいごとの真実」だとしたら、それこそが「きれいごと」だと思うのです。 >自分を深く理解すること。 そうすれば労働環境もよくなる、というお考え、私もまったく同意します。 天職をまっとうしている人は、この世でもっとも幸福だと思います。生きるためにしなければならないのが仕事。でも「人はパンのみ生きるに非ず」と言われているように、目先のことだけでは心は満たされない。 どうせ、労働という険しい道を、自立する人間が誰もが歩まなければならないのなら、どうせなら、本当にやりたいことをやればよい。それが人生の幸福を満たす。自分がやりたいことをやれないストレスを他人で投影することはない。それには自分を知るべきだ、と思うのですが、学校教育では「我を知る」という教育がなぜなされないのかと思うのです。 偏差値や、社会の考える労働論、つまり質的なことを押しつけられ、質的なことを教え、考えさせる教育はまったくなされてない… 話がそれていきますが(笑)要は自分は自分で育てるということではないでしょうか。すれば >搾取する者は減って行きます。 と思うのです。資本家も民主主義も、自由が本質です。しかし一握りの自由人で、多くの人が奴隷化されている。皆同じように平等の国で生きているのに。 だからここは、状況にまどわされない確固たる自分を持つべきだと思うのです。特に日本人は長いものに巻かれたい人種。巻かれないと決意した人間は容易く搾取されることを自分に許さないと思うのですが。 >他者が与えてくれる幸せこそが、幻であり蜃気楼のようなもの それが世俗的な幸福ですね。お金、名誉、地位、権力…なぜあまりにもこうしたことが持ち上げられ、それが幸福の本質だという考え方がありふれているのでしょうか。不幸は複雑怪奇で、むしろその中に本当の幸福があるかもしれないのに… >自問自答 誰かの幸も不幸もここにかかっていると思いますよ!