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貴方が死んだら世界(宇宙?)は無くなるでしょうか?

私が死んだら私にとって世界も宇宙も無いも同然です。 人によっては 例えば唯心論でしょうか? 自分が死んだら世界もなくなると断言する人もいます。 でも他人が死んでも世界も宇宙も殆ど変わりなく存在します。 このことについてどう思われますか? 貴方の考えをお聞かせください。この認識は大きな問題だと思います。 人生観にも大きな影響を及ぼすでしょう。 当方病気のため長文が苦手なので できれば簡潔にお願いします。m(_ _)m

質問者が選んだベストアンサー

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  • 3355Teach
  • ベストアンサー率11% (12/101)
回答No.14

自分が死んだら世界もなくなるというのは、実存主義者の考え方の一部だったと記憶しています。 自分が死んだら、死んだ自分は世界がなくなることを認識できません。自分が死のうが他者が死のうが、生者の生活は平常どおり続きます。我々は、この現実を家族や友人などの他者の死によって学ぶわけです。 自分が死んでも世界はなくなりません。自分が亡くなるだけです。

yuniko99
質問者

お礼

模範解答を書きましたねえ 詰まる所その通りだと思います 果たしてベストアンサーになるか 否か? どうも大変ありがとうございます。

その他の回答 (18)

回答No.19

こんにちは。  素直に考えると「世界があってその中の部分として自分が存在してその一部分の自分が全体の世界を認識している」という現状があるといえるのではないでしょうか。

yuniko99
質問者

お礼

そうですね どうもありがとうございます。

  • shift-2007
  • ベストアンサー率14% (143/1013)
回答No.18

私の宇宙と他人の宇宙は違う それだけのことでしょう

yuniko99
質問者

お礼

宇宙という言葉を「小宇宙」と書けば誤解は減りますね どうもありがとうございます。

  • msyksnk
  • ベストアンサー率50% (1/2)
回答No.17

なるようになるでしょう

yuniko99
質問者

お礼

ありがとうございます。

回答No.16

こんばんはです。 ☆人によっては 例えば唯心論でしょうか? ◇唯心論というよりも、《独我論》になるのでしょうか。 独我論 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E6%88%91%E8%AB%96 ☆でも他人が死んでも世界も宇宙も殆ど変わりなく存在します。 ◇これは実在論的な考え方。 そして、これは《独我論》の反論にならないんですよ。 だって、他人、他我の存在を否定すればいいんですもの。 いるのは私だけ、他の人は存在しない、とすればいいんですよ。 他人は、蜃気楼や夢のようなものかもしれませんし、幻視や幻聴のようなものかもしれませんし。あるいは、腕を失った人が、その先にある指の痛みを感じたりするようなものかもしれません(幻肢痛とかいいます)。対象(この場合、痛みを覚える指)が外界に存在しなくても、認識は成立しうるんですよ。 他人がこれと違う保証はないんですよ。 ☆このことについてどう思われますか? ◇素朴実在論より、唯心論、独我論の方がおもしろいですよ。 わたしは、こちらの方に興味があります、食指が動きます。 そして、わたしは、 わたしの消滅とともに世界も消滅して欲しい、 と、 ひそかに、心の奥底で、何処かそう願っております(ポリポリ)。

yuniko99
質問者

お礼

そう思う人も多いでしょうね そんな事件もありますね なるほどわかります どうもありがとうございます。

回答No.15

学がないガキが失礼します。 私もこの事について違う視点から悩んでいました。 その時出た答えがコレにも通用すると思うので、回答させて頂きます。 メモを付けました。 このように人には生きている世界があります。私はその世界の中心です。私以外はすべて舞台のセットであり、脇役です。同じく目の前の友達にも世界はあります。その人は脇役ではありません。私と同じく物語もセリフもあります。 メモだと私と他人が交わってる部分ありますよね、それが同じ共通した世界で、私の現実とは、そのように、人やいろいろなものと交わって複雑な世界ができあがっています。 つまり、宇宙やこの空間は無限にそれぞれ存在していて、みんながリンクしているから、一つの所にいると錯覚しているだけなのです。私が死ねば世界はきえます。が他人の世界まではきえません。 めちゃくちゃな事をいっているようで、当たり前かもしれません。 失礼しました。

yuniko99
質問者

お礼

なるほど興味深いメモですね 共有してる世界があるんですねえ 自分あ死ねば自分の世界は消えるけど 他人の世界は消えない これはなるほどです どうも大変ありがとうございます。

回答No.13

死神が来て、 あなた独りを抹消するのと、この世界を抹消するのとどちらがいい? と聞かれたら、私は私独りの抹消を望むでしょう。その変わり、世界に自分の子孫を残したい。

yuniko99
質問者

お礼

そうですね 同じ死ぬなら自分の子孫を残したいですよね それは愛かもしれません 的を射た答えどうもありがとうございます。

  • kurinal
  • ベストアンサー率10% (128/1195)
回答No.12

yuniko99様、こんばんは。 >「私が死んだら私にとって世界も宇宙も無いも同然です。」 たぶんですが、「世界も宇宙も、それ無しでは(有り得ない)」・・・なんでしょう。

yuniko99
質問者

お礼

クリナルさん こんばんは。 そう思う人も多いようですねえ でもそこで真実はどちらか? 宇宙という言葉をどういう意味に使っているかが問題になります 私やあなたは何ものなのでしょうねえ? どうもありがとうございます。

  • stmim
  • ベストアンサー率24% (57/236)
回答No.11

再度コメントさせてください。 質問をよく読んでいなくて「私が死んだら世界(宇宙?)は無くなるでしょうか?」 だと思い込んでいました。もしこの質問だったら皆さんからの答えは「世界はなくなりません」で一致したでしょう。 でも実際にあなたが興味あるのは「自分が死んだら世界がなくなるかどうか」ですよね まず、他人に答えを聞いている以上あなたは他人の存在を認めていますよね。 他人から帰ってくる答えは基本的に2つです。 (1)私が死んだら世界がなくなります。 (2)私が死んでも世界はなくなりません。 (1)の回答を返してくる人に対してあなたは「この人の言っていることは間違っている」と思いますよね。だって「他人が死んでも世界も宇宙も殆ど変わりなく存在します」と言っているのだから。 (2)の答えを返してくる人に対してあなたの言っていることは正しいと思うはずです。「その通り。この人が死んでも世界はなくならない」と思うはずです。 さて、この「間違っている答え」と「正しい答え」を参考にあなたは、自分が死んだら世界がなくなるかどうか考えるわけです。そうしたら答えは「自分が死んでも世界はなくならない」しかないはずです。 間違っていると思う方の答えを参考にはできないでしょう?少なくとも合理的には説明できないはずです。 つまり、あなたは他人の存在を認めて、他人に答えを聞いた段階ですでに自分が死んでも世界はなくならないということを認めているのと同じです。 唯心論的な考えは「他人」を認めてしまうと成立しにくいですよね。AさんもBさんもどちらも「自分が死んだら世界はなくなる」というのは矛盾します。どちらかしか成立しないはずです。また、唯心論を主張する他人を自分からみたら「あなたの言うことは間違い」としか思えません。

yuniko99
質問者

お礼

そうなんです 複数の人間が同じ世界を共有してるような状態 飽くまでも「してるような」ですが そういう状態でこの質問を考えれば どうしても相手が死んだら自分の見ている世界もなくなる と言う様には考えにくいのです。 毎日葬式は上がっていますが、我々はそれに気がつかないほどです じゃあ他人はみんな自分とは違う脇役で 自分だけが天上天下唯我独尊 唯我独存? 自分だけが存在しているのか?というと複数で話せばそうは思えないのです だから唯心論は間違っている とさえ言いたくなるような状態です。 それでもこの問題でしばしば巷でも意見が分かれることがあります それでここに質問してそれを確かめたかったのです。 非常に有意義な考察 どうも大変ありがとうございます☆

  • ga111
  • ベストアンサー率26% (247/916)
回答No.10

>例えば唯心論でしょうか? 自分が死んだら世界もなくなると断言する人もいます。 Aさんというひとが死んだら、「Aさんの」世界がなくなる、「Aさんによって認識される」世界がなくなる、のです。あまりにも当たり前のことです。よって他人が死んでも世界も宇宙も殆ど変わりなく存在します。 (たとえば、アインシュタインのようなひとがその学説を発表せずに死んだら、人類における損失になるでしょう。すなわち、「Aさんの」世界がとても価値がある場合もあるでしょう。)

yuniko99
質問者

お礼

「アインシュタインの世界」(TVのタイトルのようですが)が無くなったら消えてなくなる。無くなる前にその世界をアインシュタインの精神以外にも広げておくのがいいのでしょうね。 親が死ぬまでに子供に色々な事を教えるようなものかもしれません。 >あまりにも当たり前のことです 確かに余りにも確からしいことですねえ でもそうは思わない人もいるのです しかし明快な当たり前の答えをどうも大変ありがとうございます。

回答No.9

「認識体=観測者」の数だけ宇宙はある、と言えます。『博愛目的で無から』生じるのが、ヒト型の現代レベルの【自分=外界(=宇宙=時間と空間があるイメージ)】です。この「自我と宇宙」の関係は「相補性」であり、 実際のイメージは、絶対無に、ある運動を仮想定すれば【自我】と【時空(=宇宙)】が【相補分化】して【愛し合い目的】で「併存する」、ようなイメージが持てる。 頭の悪い我々一般人でさえも、下記を参考に ""感性のアンテナをのばす"" ことで、「(量子を知る=)物理 =もののことわり」-->「もののことわり=助け合う愛や【笑顔】に満ちた世界」が、イメージとして直感でき、 【現状の地球人は、博愛による美しい『均衡が、崩れ』かけている原因が、自分自身の心理状態によるもの】というようなイメージを直感できる。下記の映像は読者へのプレゼントです。 https://www.youtube.com/watch?v=-cM6aVIyQ_I https://www.youtube.com/watch?v=HsbV_QHCBT8 https://www.youtube.com/watch?v=wLKJz73DTGE https://www.youtube.com/watch?v=kYsGS5QAORE

yuniko99
質問者

お礼

どうもタマさん 貴重な資料をありがとうございます。 ボーズ・アインシュタイン凝縮ですか 量子力学の あの観測することにより と言うのは 観測することによってなにか影響を与えてるんじゃないかと 思ったりしますが そのような単純な事ではないのでしょうね 非常に有名な二重スリットの実験ですが 光子や電子は波の性質と粒子(単位がある?)の性質を同時に持っているという事を証明した実験ですね。 よく分かりました どうも大変ありがとうございます☆