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存在の定義は何でしょう?
哲学ではしばしばこの「存在」が問題になりますが 存在ってどういうものでしょう? 定義でも 認識でも イメージでも構いませんので 存在とはどういうものか書いてみてもらえないでしょうか? 唯物論と実存主義では違ってきますよねえ。
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- 雪中庵(@psytex)
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最新の量子論的世界像において、有限な存在性は観測される事に よって生じています。 自我仮説に対する相補的な時空仮説における、他我性こそが宇宙。 (無の無限の闇に対する自我の射影) 全てのものは、あなたが存在するための(物理的根源にまで遡った) 補完なのです。 そこにおいて存在性の依拠しているのは、量子相互作用だと言えます。 心(自我仮説=時間の流れ=記憶=過去=超光速)と物(時空仮説= 空間の広がり=予測=未来=光速下)をつなぐ物としての感受表面に おける相互作用(量子相互作用=光速=現在)。 そうした「原点(現在)」そのものが、経験による予測としての時空的 広がりの中に有限の大きさを占める事で、存在の根拠は架空の中に 消えるのです。 感受表面の内に過去(経験)、外に未来(予測)を分ける、その「表面」は、 個体から細胞>分子>原子>素粒子>クォークと階層現象性を内包し、 そこにリー群例外群E8×E8という超弦理論の求める位相空間を成して、 超弦=量子定常波として全ての物理定数を導く=全ての存在性を 量子性のみに還元させる事を可能にしているのです。
- 日比野 暉彦(@bragelonne)
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こんにちは。 問題は ★ 存在ってどういうものでしょう? ☆ という問いを その《存在》である者が発していることにあるのではないでしょうか。 だったら もっともかんたんな答えは ( a ) ヒトとみづからを称する存在であるわたしが わたしであること とでも成るかと考えられます。ここから ● わたしとは 何か? ( b ) 《わたし》とみづからを呼ぶ存在なり。 とでも進められて 堂々巡りに行き着き しかもそれでも おそらくその《自同律 もしくは 自己同一性》という認識に落ち着くのでしょうか。 ( c ) 存在とは わたしがわたしであると認識し自覚する者なり。 と。 《実存思想》は ( d ) 《わたしはわたしである》というわたしがわたしすること だと考えられます。 《唯物論》は この実存思想なりほかの思想なりの――そのとき必ずしも触れられておらず明らかにされていないところの――《本質》とは何かを問題にする考え方のひとつであり その本質は 《物質とよぶ神》だと仮説する思想です。 ちなみに 唯心論は ものごとの・そして世界の《本質》が 《精神とよぶ神》だと仮説する思想です。 つまりこれらの《物質》や《精神》は 経験世界におけるモノやココロのことではなく あくまでそれらを超えた《非経験の場》のことを・つまり《神》を 呼び替えたものです。 言いかえると 唯心論は われわれ人間の精神の究極の――つまりはその最終の元となる――存在を この《世界精神》として言いかえたものですし 唯物論は 経験世界におけるモノ(これも 物質とよばれます)のさらに究極の存在を 《物質》と言いかえたものです。どちらも いわゆる《神》を問題にしていると見てよいのでしょう。 実存思想は いちいちわざわざこのような《本質》論にはこだわりません。むしろ捨てます。 実存――現実存在――は 本質に先立つ。というわけですが それでもけっきょく問題は 《本質 das Wesen 》というのは とりもなおさず《存在》のことなのですから 話は全体として どうなりましょうか。 短絡してしまうなら ( d ) 《わたしはわたしである》というわたしがわたしすること これが 《存在》だということになるでしょうか。 このとき この存在の中核は ひとが生まれつきそなわった自然本性(身と心)であり さらにその中軸は おそらく記憶や知解よりもどちらかと言うと 意志にある。こう考えられるのではないでしょうか。 ( e ) わたしは 《わたしがわたしすること》を おのれの自由意志においておこなう。 という意味です。 かく言うワタシも あなたも ほかの人びとも それぞれこのような意志行為をおこなって生きる存在であると考えられると思うのですが いかがでしょうか。
お礼
実存主義と唯物論も交え、存在を考察して頂き >意志行為をおこなって生きる存在であると考えられる と言うような考えをありがとうございます。 私の考えを書いて置きますと 人間の実存、精神は実は物質なども持つ性質で出来ている と考えます つまり物質である脳の性質が精神を成しているという訳です 丁寧な説明をどうもありがとうございます。
お礼
どうもありがとうございます