• ベストアンサー

最近の哲学の主流

どんな感じになってるんですかね? 経験によって確立されたもの以外の哲学分野ならどの分野でも構いませんが、出来れば形而上学や認識論といったそういう分野が嬉しいです。 そして何が争われているかよりも、争っている両者はどのような心構えを持っているのかに焦点を当ててくださったり、具体的に誰の哲学が基準となって争われているかなどのほうが嬉しいです。 また難しい専門用語といったものは避けてくれると助かります。多少は分かりますが意味を簡単に調べる程度ではわからない複雑なものは、、、

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • corpus
  • ベストアンサー率12% (25/200)
回答No.3

分析哲学では、言語哲学が流行っていましたが、今では心の哲学が主流になっていると思います。 要は、心脳問題ですかね。 一元論なのか二元論なのかとか。

314h
質問者

お礼

簡潔な答えありがとうございます。

その他の回答 (2)

noname#221368
noname#221368
回答No.2

 先日は別の板で、ご迷惑をおかけしました。 >最近の哲学はますますじり貧だとおもいます。 >・・・呑み屋でくだまいているオヤジ連中ぐらいしか流行らなくなったのでしょう。  一理あるとは思いますが(苦笑)、本来の哲学は、現在のいわゆる哲学だけでなく、世界を理解するための総合理論だったはずです。1960~1970年代に構造主義が流行りますが、それらの源流は、18~20世紀の色々な思想の結果だと思います。思いつくのを揚げると、   ・カントーヘーゲルの認識論,実在論の系譜.   ・パスカルーニーチェーサルトルーシモーヌ・ヴェイユの実存主義の系譜.   ・マルクス・エンゲルスーマックス・ウェーバーの社会学の系譜.   ・チェムスキーーソシュールーバルトの言語学の系譜.   ・レヴィ・ストロースの文化人類学の系譜.   ・バーガーらのウェーバーフリークの活動.   ・ブルバキの数学言論.   ・環境保護とガイア理論.村上陽一郎の要素的自然観など.   ・ギリシャ以来の自然哲学.   ・ケプラーーガリレイーデカルトーニュートンーガウス,ダランベールーラプラスーケルヴィンの力学的自然観の系譜.それを否定する、ボーアーコペンハーゲン流の量子力学の系譜. などです。デリダやフーコー,フーリエなどもいます。パスカルは、最後の系譜にも関係しています。これらの結果としての構造主義です。それは、近代構築主義(モダン思想)の一つの最終回答だったと思います。  1970年代後半から1980年代以降において、世界的にポスト・モダンや脱構築が言われて久しいですが、ポスト・モダンや脱構築は、構造主義の向こうへ突き抜けようとしました。しかしそれが行ったのは、問題提起だけでした。この時代、日本で耳目を集めたのが、   ・浅田彰,柄谷行人,上野千鶴子,栗本慎一郎,舛添 要一. の面々です。上記の人達は当時、思想界のトリックスターなどと言われ大人気でしたが(朝まで生テレビに総出演した事もあります)、げんざい実質的に思想家としては、誰も生き残っていません。  自分は工学部の構造力学の出身ですが、構造力学の助教授が、浅田彰のタイムリーなベストセラー「構造と力」について、「これを、構造力学の参考書と思って買う学生が、けっこういるんだよね」などと、(明らかに嘘とわける)冗談を言ってたのを思い出します。当時は、それくらい大人気でした(バブルも手伝って)。しかしポスト・モダンは、問題提起だけで虚しかったんです。  知っている範囲で言うと、最近の哲学においては、近代構築主義(モダン思想,構造主義)とポスト・モダン(脱構築)の対立軸ははずせないと思います。論客の言う事は、モダンにいたる系譜のどれが得意かによって、論調にけっこうな差異があります。  一つ虚しくないと思える本を、この前読みました。   ・虚構の近代,ブルーノ・ラトゥール,新評論,2008年. です。

314h
質問者

お礼

最近というと幅がありましたね。一応21世紀(2000~)以降という意味のつもりで、言語学や数学に中心をおいてる人よりも哲学に中心をおいてる人の間でどのようなものが主流となっているかを知りたかったんです。 一応そのポストモダンとモダン思想の対立はなんとなく納得しましたが、これはこれからもずっと続きそうな対立ですよね? なんというか現在相対的に活発に争われていて、しかも結論はありそうな分野って無いですかね? もちろん面倒であれば上に書いたことは無視していただいて結構です。 ご回答ありがとうございました。

回答No.1

最近の哲学はますますじり貧だとおもいます。 哲学は、科学が未熟で真実を発見出来ない時代に、発見的手法ではなく、思索的手法で人間を含む自然界を理解しようとして発達しました。 しかし、19世紀から21世紀にかけて、物理学や生物学、原子考古学や大脳生理学などの科学が飛躍的に進歩したため、科学的手法によらない哲学の存在価値が低下しつづけているのです。 19世紀なら、優秀な学生が哲学を専攻したのでしょうが、21世紀の現在では、哲学を専攻する学生よりもはるかに優秀な学生が物理学を専攻します。そして、国家や欧州連合は、哲学とは比較にならない巨額な予算を投じて「真実を理解する装置」を建設し、この世の真実を解明しつつあります。 したがって、哲学は、量子力学や一般相対背理論の数学が理解できない、呑み屋でくだまいているオヤジ連中ぐらいしか流行らなくなったのでしょう。 お国が税金を出して大学に哲学やらせる時代は、もうじき終わると思います。

314h
質問者

お礼

あなたの考えが入りすぎているのと、質問で求めているものと回答が一致していません。

関連するQ&A