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占い師によって見せられた幻覚について
- ふとした時に頭に浮かんでくる幻覚について質問です。小学生の頃、占い師によって見せられたと思われる幻覚は、頭上に浮かぶ黒い玉の白いバージョンと、グロテスクな肉片や血管が浮き出る壁が特徴でした。占い師はそれを善悪の表現だと語っていましたが、現在でも気になっています。
- 幼少期に占い師に見せられた幻覚についての質問です。当時、頭上に黒い玉の白いバージョンが現れ、その後にグロテスクな肉片や血管が浮き出る壁が見えました。占い師はそれを善悪の表現と説明しましたが、現在でもその幻覚が時折頭に浮かんできて気になります。
- 幼少期に占い師に見せられた幻覚についての質問です。記憶にある限り、頭上に浮かぶ黒い玉の白いバージョンと、グロテスクな肉片や血管が浮き出る壁が見えました。当時、占い師はそれを善悪の表現だと説明しました。現在でもその幻覚は時々思い出され、何故か気になっています。
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・その『骨』! わたしもこどものころ、押付けられました。お坊さんにでしたが。 「骨を当てられた経験」には、続きがあって、 おじいちゃんの家には、それそっくりの「セトモノの骨」がありました。 痛いところ、こっている場所に当て、こするように動かします。 「痛いの、痛いの、とんでけ~」みたいな。お寺で当てられたときの「神秘」はゼロですが。 食事のとき、食道に魚の骨がささってとれないとき、それで「のど」をこすられていました。 ・それを当てられて浮かんだ光景は「おばあちゃんの姿」。 昔は夜中にカンオケを運びましたから、真夜中です。 それも、ひたいに三角のはちまきをして、タルのようなカンオケに 座らされている姿でした。タルの中に入っているのに、すけて、 白い着物のおばあちゃんの全身が見えているのです。 肌もピンクで、今にも顔を上げてこっちを見るような、息づまる光景でした。 骨を当てられていたころと、おばあちゃんのお葬式の間には、3年ありました。 その姿は、わたしが高校生になっても夢に出てきたり、寝ていないのに フラッシュバックのように目の前に現れました。 初めて死んだ人を見たので、その驚きもあったのでしょう。 恐怖・・・というのとは違って、大好きなおばあちゃんだったので、 なにか、話しかけたいおだやかな気持ちでしたが。 あなたが、ときどき思い出す・・・というのも、よくわかります。 ・でも、あなたは、骨を当てられてすぐに「グロテスク」な光景が浮かんできたと 書いているので、すごいと思いました。それが、いつか見たものが浮かんだと言うなら 記憶の再現ですが、なんの経験もなく、いきなり浮かんだのであれば、かなり特別ですね。 占い師的な人たち(仏教系、神道系を問わず)は、何でも「善と悪」に分けますから、 珍しい言い方ではありません。アメリカの牧師や神父も、そう言ってましたから、世界的です。 そして、こういう人たちは、「善と悪」「聖と邪悪」など、「二元論」的に言いますが、 なぜその光景が現れたか、その意味は何か・・・の説明はできません。 説明しているようですが、なんの解決にもならないのです。 ・あなたの場合は、「偉い人の骨」と説明されて、「骨」に驚き、 それをひたいに当てられたショックで、グロテスクな光景を連想したのでしょう。 「骨」の白さ・・・がそのまま「白い空間に白い玉」の連想につながり、さらに 「骨」から、「肉」 「血管」へと飛んでいます。すべて、「ほね」からの連想です。 叫びたかったのは、「壁」よりも、あなただったのでしょう。 ・あなたの場合、ショックや不安をチャラにするために、 脳は、同等の気持ち悪さを思い出させました。(プラス マイナス、ゼロ)ですね。 それがとてもうまく機能したので、気持ち悪さやショックは消去され うなされることも、苦しむこともなく、ときどきおだやかに思い出しているのです。 ・困っていない、ということですから、これからも思い出すでしょう。 今のままでOKですね。他の人がめったに経験しないことですから、貴重です。 「記憶の宝物」ですね。 わたしの「白い着物のおばあちゃん」のように、この記憶は今後のあなたに なんらかの影響をもたらすかもしれません。わたしは、そのことで、若いときから 「死」を考え続けてきました。そして今、「死」に対してまったく恐怖を感じていない 自分になりました。あなたにも、何か、起こるといいですね。 あなたの芸術性が目覚めるかもしれません。 あなたの明日にステキなことがありますように。