• ベストアンサー

何故魂に入れ物があるんでしょう

何故魂に入れ物があるんでしょう? それと、もしも生物が元はアメーバだったとして、進化する理由はあったんでしょうか? アメーバのままでも生きられるではありませんか。 アメーバのままなら争いも起きないと思います。 魂というのは存在しないんでしょうか? あなたなりの考えを教えて下さい。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
回答No.2

「自分(肉体)は、宇宙の部分である」とも言えますが、 「宇宙は脳(自分)の中の現象である」とも言えます。 その両者が成り立つのは、自我仮説(心=時間の流れ)と 時空仮説(存在=空間的広がり)が、相補分化する事によります。 全ての存在は、量子的な不確定性に基づいており、無限に 詰め込むと存在確率の山が平らになり、無と等しくなります。 この「絶対無=不確定性無限」において、その無限の闇に、 その潜在的認識可能性の仮定断面の運動(プランク定数h の収束の時系列化=宇宙膨張)にとり、相対的に無の風は 光になり、その光=量子相互作用パターン(感受)の向うに 自我仮説の補完としての時空仮説=宇宙を認識するのです。 自我仮説に対する相補として時空仮説が生じているならば、 全てのものは、あなたが存在するための(物理的根源まで 遡った)補完なのです。 (どちらかが先入する(「魂が存在する(心が二次的)」とか) のではありません)

その他の回答 (4)

  • JoyWorld
  • ベストアンサー率13% (6/45)
回答No.5

遺伝のエラーが起きたりで他のアメーバより生き残りやすかったり子孫を残しやい奴がでたら、そいつらの子孫が増える。 そうやって進化は起こる。 そもそもなぜ魂なんてものが存在するのか この世界が生物の為に作られたとかそういうめでたい思考をしない限り魂の存在を信じるのは難しいでしょうね

noname#137122
質問者

お礼

ありがとうございます。なるほど。異変ですね。 >この世界が生物の為に作られた というより 何らかの異変でたまたま生物が出来た。 とは思いますね。 この世界が生物の為に作られたなら、もっと都合いい世界になってもいいはずです。

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7193/21843)
回答No.4

肉体を魂の入れ物に過ぎないというのは カントの心身二元論ですか? 現代では、肉体と魂は別個独立のものではなく 一体化したものだ、ということになっていますが。 腸などの内蔵にも記憶物質が発見された、という 報告もあります。 分子生物学者でノーベル賞を受賞した利根川教授は 魂など存在しない。肉体がなす化学反応に過ぎないと 言っています。 争いは必要だと思います。 争いがあるから、人間はここまで繁栄して来られた のでしょう。 争いがあったから、倫理やや文明、文化などが 発達してきたのでしょう。

noname#137122
質問者

お礼

有難うございます。 論理とか文明とかあまり生物には必要ないと思います。 道端の雑草はたくましく生きています。 それと、争いは破壊しか産まないじゃないですか。 前半の話は面白かったです。

回答No.3

心・精神・魂は肉体の機能の一部(アプリケーション)に過ぎません。

noname#137122
質問者

お礼

ありがとうございます。

回答No.1

アメーバでも熾烈な生存競争はあります。 周囲の環境によっては、そうではない場合も、無論あり得ます。 魂そのものの存在もさることながら、あったとしても >>> 魂に入れ物がある <<< のか、ないのかも、問題になります。 そうして >>> 進化する理由 <<< という概念の問題。。。 合目的な方向性として「進化」概念を捉えると「理由」といった因果関係を探りたくなると思いますが、果たして「進化」なる概念は、合目的なのかどうか? 。。。 現在、進化概念として有力なものに「中立説」というのがあります。 >>> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%AB%8B%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AA%AC 分子レベルでの遺伝子の変化は大部分が自然淘汰に対して有利でも不利でもなく(中立的)、突然変異と遺伝的浮動が進化の主因であるとする説。 <<< すなわち、ある特定の目的(理由)に向かって変化するのではなく、多様性が広まることで、生き残ることができる(そういった意味での合目的ではない)という考え方です。 現存する生命体は、地球の大規模な変動に対し、生き残ってきたということです。 さて、「魂」という概念ですが、そんざいするのかどうか? すくなくとも、存在の有無を議論できる程度に「魂という概念」が「存在」しています。 リンゴを離すと、地球にぶつかります。 万有引力(重力)は、物質の「内部」に存在するのでしょうか? 物質があるから「重力」が存在するのか、「重力」が存在するから物質が存在するのか? 生命体があるから「魂」が存在するのか、「魂」が存在するから生命体が存在するのか? どちらが先(因果関係)という概念ではなく、私は、同時成立的(非因果的)だと思っています。 また「魂」という概念自身、(思索する)主体、ないし主体の考え方によって様々に変化し得ます。自身の体が境界線だと考えることもできれば、脳に境界線を引きたがる人もいるでしょうし、前頭葉に境界線を引きたがる人もいるかも知れません。さらにもっともっと小さくして、無限小の点になるまで想像することで、「存在しない」と述べたくなる方もおられるかもしれません。 逆に、集団レベル、あるいは宇宙レベルにまで境界を広げる方もおられるでしょう。 どれが「正解」というのではなく、そのように(主体の思索によって)概念(境界)が変化しうるものだというのが「魂の本質」だと思っています。

noname#137122
質問者

お礼

ありがとうございます。 なるほど。肉体と魂は繋がっているのですね。 奥が深いです。 勉強になりました。

関連するQ&A