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奈良・聖林寺の十一面観音が天平時代の作とされる根拠について

奈良・聖林寺の十一面観音が天平時代の作とされる根拠について 教えて下さい。 もともとは大神神社の神宮寺である大御輪寺にあったものだそうですが http://www.d1.dion.ne.jp/~s_minaga/sos_oomiwaji.htm 上記によれば大御輪寺は慶円法師の開基とあります。 慶円法師は鎌倉時代の人のようです。 十一面観音が天平時代のものだとすれば、どこかにあったものを大御輪寺に移し、 さらに明治になって聖林寺に移されたのでしょうか。

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  • ベストアンサー
  • torajii
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回答No.1

『鎌倉期慶円上人により再興』のお間違いではありませんか? 木心乾漆造は天平時代にのみ用いられた造仏法であるとされています。 私は我が国仏像の最高傑作の一つであると思っています。

参考URL:
http://www.shorinji-temple.jp/
noname#163492
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 聖林寺のhpには 大御輪寺は奈良時代の中頃、大神々社の最も古い神宮寺として設けられ~ とありますね。 しかし大和名所圖會 寛政3年(1791)刊では「三輪大宮・若宮の本地仏堂2宇、三重塔、護摩堂、蔵経堂等あり。慶円法師の開基。」 とあります。 大御輪寺の創建について、もっと古い史料があればはっきりすると思いますがどうなんでしょうね。 >木心乾漆造は天平時代にのみ用いられた造仏法 なるほど、そこからみほとけは天平時代につくられた、と考えられているのですね。 参考になりました。

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