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師はどこにいる?
「師」とはある技芸に習熟するためのノウハウを持ち導いてくれる達人ということにします。 古には「すぐれた師」を求めて移動した「学生」もあったということです。 では、いま「すぐれた師」に出会おうとするならどこを探せばいいのでしょうか? 学問の「師」は大学にしかいないのでしょうか? であるなら現在の入試制度という関門を潜り抜ける能力のある人間しか「師」に近づけないのでしょうか。 ※範囲を限定するためにここでは「人格陶冶」や「学問」系に限定させてくださいm(_ _)m ※「書物を読め」は予め封印ということで。 ※つっこみどころ満載の内容は「確信的」です。 ※山川草木これ全て師という汎「師」論の方はスルーしてください。
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- mmky
- ベストアンサー率28% (681/2420)
>>では、いま「すぐれた師」に出会おうとするならどこを探せばいいのでしょうか? 本屋で探せばいいんですよ。 あなたが師と呼ぶような人なら書籍の一冊や二冊は出しているはずですから、本を手にとって読んでみれば人物の程度はおのずとわかるでしょう。あなたのこころのフィルターで選別できればあなたなりの師は見出せるでしょう。 私もそのようにして師を見つけましたから。
- HANANOKEIJ
- ベストアンサー率32% (578/1805)
すぐれた師は、埋もれているわけがなく、どこかに出現しています。 NHK語学講座の講師は、りっぱな「師」です。NHK高校講座の講師も「師」です。大学の教育も、放送大学だけでなく、講義ノートを公表したり、公開講座や、政府と協力して、プロジェクトを立ち上げて、研究の成果を国民に還元してもよいのではないでしょうか? 「新型インフルエンザを終焉させるプロジェクト」とか、「日本の農業を元気にするプロジェクト」とか、「松の木の松枯を防ぐプロジェクト」「日本を明るくするプロジェクト」「日本全国地震基礎研究断層徹底研究」などなど、いろんな大学や研究機関、公務員、企業から参加して、面白いことをやって、実際に問題を解決したら、経済効果が抜群です。必ず「師」はでてきます。ヒカルの碁の塔矢行洋のせりふではないが、「プロの棋士ならいつか出てくる」というわけです。とくに、世界的な危機であれば、なおさら、人類を救うプロジェクトを立ち上げれば、必ず「有志」が参加してきます。そのなかに「師」は、必ずいます。 そんな国をつくりませんか。総選挙です。ここにも、「師」は出馬しているかもしれません。オバマ大統領が大統領選挙に出馬したとき、だれがオバマ大統領の誕生を予測したでしょうか? 学問のわくが少しせまくなってきたのではないでしょうか。
お礼
回答をありがとうございます。 >すぐれた師は、埋もれているわけがなく、どこかに出現しています。 そうですね。希求して行動を起こせば探しだせるのでしょうね。 >そんな国をつくりませんか。 ちょっと面喰いました。学問の成果が広く国民に還流していく現場には、おっしゃるように「師」はいるでしょうね。
>「師」とはある技芸に習熟するためのノウハウを持ち導いてくれる達人ということにします。※範囲を限定するためにここでは「人格陶冶」や「学問」系に限定 この設定ならば大学に師と言われる人がいるかも?しれません。 「かも?」にしたのは例えば皆があの人は師だと思ってもあなた自身が自分より劣ると思ったらあなたは「師」とは認めないでしょう。 「人格陶冶」や「学問」におけるあなたの習熟度がどれ程のレベルなのか、この質問では解らないので「かも?」です。 先日だったかnewsかwebで見たのですが 「ある男が疑問を解決しようとしてネットを調べまくったそうです。しかし、どんなに調べても男の疑問を解く鍵の様な答えは見つからなかった。 やっとの思いでこれだ!と見つけたのは以前に自分が書いたものだった.....男は既に自分がきずかぬうちにその道の第一人者だったのだ。 (あなたはこれに当てはまるのではないですか) 誰もに認められて第一人者になった人は、知識や経験が自分より乏しい人でも、そういう人の話を聞いて自分を向上させる。 ほかにいないから第一人者になった人は、自分の知識や経験を守ろうとして、「格下」と判断した人の意見や考えは拒絶する。 自分の発言力を言葉の武器として使う人は、私は好きじゃない。発信しているだけでは、人は向上していかないんじゃないのかな。
お礼
回答ありがとうございます。 まずはある方のためにあなたの出現を寿ぎたいと思います。 >ある男が疑問を解決しようとしてネットを調べまくったそうです。しかし、どんなに調べても男の疑問を解く鍵の様な答えは見つからなかった。 やっとの思いでこれだ!と見つけたのは以前に自分が書いたものだった.....男は既に自分がきずかぬうちにその道の第一人者だったのだ。 これって http://oshiete1.goo.ne.jp/qa5207428.html の#3さんの「受け売り」ですね。確かに「webで見た」には違いない。 >自分の発言力を言葉の武器として使う人は、私は好きじゃない。発信しているだけでは、人は向上していかないんじゃないのかな。 おそらく私はあなたの悩みを共有できない。それはあなたのことばに内実がないからです。借り物のことばは人を切ったつもりで自分を斬ります。この意味が承服できるかがあなたの分岐点です。ご自愛ください。
- otasuke009
- ベストアンサー率38% (234/601)
たとえば、参考URLのような私塾を探すという手があると思います。 これは一例で、ネット検索で出てきた一つに過ぎません。また、その内容を保証するものでもありません。 全国津々浦々を探し歩くわけにも行かないでしょうから、 このような私塾を検索してみるのも効率的かもわかりません。 ただ、ご自分にとって「師」と呼べる人物を探そうとするなら、 実際に足を運んで、話を聞いてみてという手順は、最終的には省けないはずですが。
お礼
回答ありがとうございます。 きわめて模範的な回答だと思います。 そこから一歩進めた回答を頂戴するわけにはいきませんか?
- SOLAR_RAY
- ベストアンサー率21% (12/56)
山川草木これ全て師です。
お礼
回答ありがとうございます。 そうですね、というしかないですね。 あなたが己の存在をかけて発語したとうけとりましょう。
人は学ぼうという姿勢さえあれば何からでも学べる。 ネット、ここ(OKWave)にもたくさんいるんじゃない。 どっちかといえばnever-nessさんが「師」の側になるほうが多いんじゃあ?
お礼
回答ありがとうございます。 >人は学ぼうという姿勢さえあれば何からでも学べる。 私はこのことばは結構「重い」と思うのですよ。つまり自身が強く希求し続けた経験なしに吐いては「いけない」と思うのです。そうでなければ 一般論 という「ホワイトアウト」の世界に紛れてしまうと思うのです。(これはferpeausさんがそうだと言っているのではありません) ferpeausさんは「得心して」(つまり一般論としてではなくご自身の経験から割り出した「真実」として) >人は学ぼうという姿勢さえあれば何からでも学べる。 という「美しいことば」を書かれたのうでしょうか? >never-nessさんが「師」の側になるほうが多いんじゃあ? これは「あり得ません」。泳ぐのをやめたマグロになってしまいます。
あたいがなってあげゆ☆
- w_letter
- ベストアンサー率13% (199/1496)
はじめまして。 お久しぶりです。 また、活動を再開されたんですね。 さて、質問における『師』とは、誰にとっての『師』であるのか、これが一番の問題です。 『師』が、すばらしい技芸のノウハウを持っていたとしても、 それを習う者が、それを受け取る技量、能力を持ち合わせていなければ? 自分が、受け取ることができない、技芸のノウハウを教えてくれる人が、 その時点における自分の『師』であるのか?(いや、今の自分では、手の届かない人である。) 上のように考えると、『師』とは、今現在の自分の周りにいる人達ではないのかと、私は思います。 そして、今現在、自分の周りにいる人達から、その人達が持っている、 技芸のノウハウを受け取り、自分の中で処理できるようになったときには、 新たな『師』が、自分の周りにいると思います。 すなわち、人生において、自分自身が何らかのかたちで関わった全ての人が、善しにつけ、悪しにつけ、 自分にとっての『師』であると思いたいです。 したがいまして、 『師』は、探す必要がなく、 誰もが、すぐに近づけるところにいる、 というのが、当方の結論です。 当方は、哲学という学問につきましては、全くの素人ですので、 学問的なツッコミについては、ご容赦のほど、お願いします。 対応できません。 また、変な、宗教的思想もありませんの、ご容赦のほど、お願いします。 人生、いそがす、ゆっくり生きていくのが一番でしょう。
お礼
回答ありがとうございます。 >はじめまして。 お久しぶりです。 ということは当方の投稿やらなんやらを見ていていただいたということでしょうか。 >また、活動を再開されたんですね。 わが家族愛猫「にゃんち」の服喪期間が過ぎたのでよたよた再開です。 「師」については当方はお二方います。いずれも「私淑」というかたちなのでお二方とも「そうとは知らない」と思います。ともに私の目から見て「傑出した」人物です。凡夫のスケールを超えています。考え方・見方が若かった私の目には素晴らしいように思えました。しかもお二方とも行動派です。ご自分の言動の裏付けがあり、裏付けのあるものしかおっしゃいません。 私にとっては学問領域を離れてこのお二方(お一人は故人)が「師」であると今までも思い、多分これからもそうだと思います。 そういった意味合いで >『師』は、探す必要がなく、誰もが、すぐに近づけるところにいる は「正しい」もののなにやら机上の空論めいて聞こえます。ご自分には現在「師」と呼べるような方がいらっしゃらないのでしょうか? ※質問文を曖昧にしたのは変な釣りをしたいがためではなく、解釈ほ幅を広げてもらいたいという意図からです。
- ratesu
- ベストアンサー率13% (16/122)
ここにもいる。
お礼
回答ありがとうございます。
補足
夏休みだからね~(*^_^*)
お礼
回答ありがとうございます。 ↓これは眼中になかったということですね。 ※「書物を読め」は予め封印ということで。 >本屋で探せばいいんですよ。 つまりリアルな「師」はお持ちでない、ということですね。