- ベストアンサー
乗り物と中間
時代劇で乗り物(かご)を担いでる中間もしくは小者なんですけど、彼らは乗り物が襲われるとテレビではいち早く逃げてますがこれは本当でしょうか?奉公人が主人を放り捨てて逃げるでしょうか。まあそう言うこともありましょうが背中に差してある脇差をもって他の武士とともに抵抗したのではないでしょうか?
- みんなの回答 (3)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
江戸時代初期ならまだ中間も一代限りでもちゃんとした家臣でしたから主君を守って戦うこともあったかもわかりませんが、(主君のほうもめったに駕籠になど乗りませんでしたが)、中期以降はずっとその家に奉公しているわけではなく1年毎のいまでいえば契約社員みたいなものでしたからそこまで主君を守って戦うなどということはほとんどなかったでしょう。
その他の回答 (2)
noname#25898
回答No.3
実際の襲撃事件、「桜田門外の変」では、勇猛を誇り訓練された井伊家の一団が苦もなく倒されてしまいました。 さて、ドラマに話を移しましょう。向かっていったところで、大して役に立たないどころか、護衛の者たちからすれば、かえって邪魔でしょう。 逃げてもそんなにとがめられないのでは?
質問者
お礼
うろちょろされては邪魔というのですね。どうもありがとうございます。
- Pinhole-09
- ベストアンサー率46% (597/1294)
回答No.2
駕籠かきは担ぐのが職務ですから、襲われたら身を隠さねばなりません。 騒ぎが納まったらすぐに出てきて駕籠をかつぎます。 担ぎ手がいないと困ることになります。 主人を守るのは護衛の武士の役目です。 脇差は自分の身を守る為のものです。 時代劇で騒ぎが納まったあと、よく木陰から駕籠かきが出てきますが、正しいのです。
質問者
お礼
なるほど。騒ぎの治まった後担ぎ手がケガして担げないでは困ると言うのですね。どうもありがとうございます。
お礼
江戸中期以降はちょっと考えられないのですね、どうもありがとうございました。