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フランス語なのですが、
Bati comme une armoire a glace , Jean se fait pourtant descendre a chaque coup . Bati comme une armoire a glace , Jean est pourtant descendu a chaque coup . ※ Bati の a にはトレマが、 a glace と a chaque coup の a にはアクサン・グラーヴが付きます。 上記2文のニュアンスの違いがよく分かりません。 se faire だと自分の意志が入っていない、とかでしょうか? 意味も上手く取れていない気がするので訳もしていただけると助かります。
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Bati の a についているのはトレマではなく、accent circonflexe。 armoire a glace は「鏡付きの洋箪笥(和箪笥なわけないか)」から転じて、肩幅のあるがっちりした体格の人だが、ここではもとの意味で訳した方がいいかな。 「タンスのようにがっちりした体格なのに」 ま、ここまではすでにお分かりだったと思いますが。 se faire は他動詞が来て受動態の意味になるのが普通です。自動詞が来ることはもはやまれと言っていいでしょう。 se faire renverser par un camion 「トラックにはねられる」 se faire tuer par Taro 「太郎に殺される」 se faire aimer d'elle 「彼女に愛される」 se faire soigner 「治療をされる」 ただ、単なる受動とは違って、その行為によって恩恵を受ける場合もあります。その場合は「~してもらう」という日本語が相当しますが、ここでは省略します。辞書で se faire を引いてください。 さて descendre は自動詞ばかりではなく、他動詞の用法もあります。口語で「殴り倒す、打ち落とす」という意味もあります。ここではそれでしょうね。 「ジャンは一発殴られるたびにぶっ倒される」 一方、 Jean est pourtant descendu a chaque coup. は自動詞の複合過去ですが、自動詞の descendre に「倒れる」という意味はないので、よく分かりませんね。無理に訳せば 「ジャンは一発ごとに降りた」 となります。 「タンスのようにがっちりした体格なのに、ジャンは一発殴られるたびにぶっ倒される」 「タンスのようにがっちりした体格なのに、ジャンは一発ごとに降りた」
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- jojo-jojo-jojo
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すでに他の方がご指摘のように、ロワイヤル仏和中辞典(第2版)には、「打ち倒す」(他動詞)という訳があります。 つまり、etre descenduは過去形ではなく、紛らわしいのですが、普通に「受動態」をあらわしているようですね。 どちらも受動態をあらわしていますので、ニュアンスの違いはかなり難しいです。訳は同じ訳になると思われます。フランス人によっては「どっちもいっしょ」ということになるでしょうか。
- ismael
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ここでのdescenduは、一発殴られる毎にふらふらになって行く、ということだと思います。 ボクシングの「リングに沈む」の「沈む」のような状態では? 立っていたのが前屈みになり、膝を付き・・・という風に姿勢が「低く」なる様子をdescendreで表現したかったのでは?