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死後
僕達は死んだらどうなるのでしょうか? 最近このことばかり考えてしまいます。 「無」になるのでしょうか?? 僕はそれは、嫌なのですが・・・ 映画の「ゴースト」みたいな感じ になれたらいいなー、と思ってます。 死んだ後どうなると思いますか?
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この質問に経験者、専門家、自信ありとの回答は ありえません。 死後がどうなるのか生きている間には知るすべは ありません。臨死体験の信憑性は生きている人間 にそれを判断することが不可能だからです。 人間、死を向かえてはじめてそれを知ることがで きるであろうとしか言えません。 ある説では人間の人生は生まれる以前に霊(この 表現が適切かどうかは死なないとわかません)の 世界ですでに大筋は決まっており、本番前の打ち 合わせがあるそうです。出会い、運命とかいうも のは、すでに決められていて人生でどうするか、 アドリブのドラマを私たちは演じているのです。 それにどのような意味があるのか生きている間は 理解できないそうです。死がドラマの最後である ことは確かのようです。なぜなら、死後、生きて いる人の世界にかかわれないからです。 確かめる方法もありません。完全な死後に意識を 持ち復活した人間がいないからです。 キリストは復活したということですが、現代の私 たちにそれを確かめる方法はありませんね。 >僕は今中学生なのですが 死に対して死がとても恐いです。 皆さん怖くないのですか? 死はだれにでも必ずいつか訪れます。 しかし、常に死の恐怖を同じレベルで感じて生き ている人はいないと思います。 個人の死に対する恐怖を比較することなどできま せん。だれでも、死について考えることがありま すがその程度と時期の差を史上、全人類に対して 調査し統計をとることができるはずがないので、 生きているだれにも死についてあらゆる疑問に答 えを出せるはずがないのです。 死というものが、物理的な世界では、生物として の活動が無くなる、生きていない状態であると生 きている人間は認識できますが、それ以外の要素 (例えば、霊とかそれに類するもの)については 証明できるものが何も無いのであるとも無いとも 言えないわけです。死に対する恐怖というものは 生きていない状態の自己に対する理解できない状 況への恐怖でしょうか? 深く恐怖を感じている人もいれば、さほど恐怖を 感じていない人もいるでしょう。 だれでも怖いと感じているでしょうが、常にそれ を感じることは人生というドラマを演じる上で、 はじめの内(若いころ)に意識しないほうがいい 役者を演じられると思いますね。 終わりがどうなるかわからないドラマの役者が、 ドラマの途中で終わりについて考えてドラマの 進行を早め、観客に失望を与えるよりも、力強く 生きて、いい役者になるほうが観客や監督にいい 印象を与えるのではないでしょうか? 死というものは、結末でありますが、役者は生き る演技に集中すべきで、死について過剰に悩むと 演技もイマイチになりませんか? 常に死について考え悩む役者も必要でしょうが、 みんながみんな同じ演技では、観客や監督が楽 しめないでしょう。 だめな役者は輪廻転生で他の役を演じさせられ ます。(勉強のしなおしでしょうか?) 大変、変な回答になりましたが、 簡単に言うと、そんなことで人生悩んでどうする の?今はだれにも答えの出せない質問する時期で は無く、いい演技をする役者になる時期ですよ。
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- sophie_h
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私も長い間、『死んだらそれまで』で、無になり、多少なりとも科学的な人間として、それ以外は考えられないと思っていました。 それで、自分の人生が、所詮、何をやっても、すべてはうたかた(泡沫)のように消えてしまうのだから、つまらないと思い、意気消沈する気味を払拭する(はらいぬぐう)ことはできませんでした。 しかし、ある出来事(霊体験)が自分に起こってから、この単純な考え方に疑問をいだくようになり、いろいろ本を読んだりしましたが、今は、『人は死んでも霊魂は死なず、より長い間存続する』と思っています。 余りにも明晰に不思議な体験(死んだ人が出てきた)をしたために、信じるしか方法がなかったと言ったほうがいいでしょうか。 長い間、その何度かの霊体験をどう解釈したらいいか考えあぐねた末、信じるしかなかったと言ったほうが当たっているでしょう。 ただ、自分でそういう経験がない方はなかなか信じられないようです。その理由がいくつかあるのですが、ここでは割愛します。 こういう訳で、私は個人的には、人は死んでも、実は、魂(これこそが人間を意識させるものですが)は死なないで、生き続けると信じています。 だから、今の人生も、今生限りで考えるのでなく、過去からの流れであり、未来へむかっての一歩に過ぎないと考えて行動しています。 逆に言うと、どんなに死を望んでも本当の死はなかなか望めないということです。 ただ、今生の生き方が次の生につながりますので、今を無意味に生きることも、悪行の限りを尽くして生きることも、よく考えてみればなかなかできないことだと思われます。 従って、死は恐ろしくありません。あたかも住む世界が変わるだけのことのように思います。 もちろん、動物(生物)としての側面から、本能的に恐い部分はありますが、自分が消えてしまうわけではありませんので、悪戯に恐怖を感じるということはないと思います。 あなたの質問に答えられたか、あなたが信じるかどうかはわかりませんが、死後も自分が存続すると思います。
丹波哲郎さんの大霊界という作品が1つの回答を示している。 また、いろいろな本で手術中に心臓が止まり脳死も確認された方で 息を吹き返した方の話も有るそうです。 その類の話によると、 手術の様子が事細かく見ている。 手術室の天井付近から、眺めているそうです。 そして、お花畑や、三途の川まで見るそうです。 死んだ先祖の方が現れて、お前はまだ来るのが早いとか 言われるそうですよ。 昼夜の区別は無いそうですよ、秋の薄暮れ時の灰色の明かりに、 似ているそうです。 三途の川を渡る前に、斉の川原か斉の広場を見る事になるでしょうね。 斉の○○は広い野原でこの世の果て、終極地あの世への入り口 だそうです。 この広場に無数の人々が集まっているそうです。 でも、縁の無いそう因縁の境涯が違うと見えないそうです。 三途の川と呼ばれる断層の所に来ます。 これを、飛び越えて対岸に行くとそこが冥土で死者が 安息を得られる場所だそうです。 しかし、飛び越えられないで断層に落ちると地獄へと向かう事に なるそうです。 斉の○○から戻る者もいるそうです。 しかし、体はもはや死んでますから、なんとしても身体を持ちたいと そう、浮浪霊にそして縁あって又生まれて来るそうです。 死者は苦しみのあまり生まれて来るそうです。 しかし、死者は体を持たないために、とても苦しい思いをするそうです。 特に自分の悪い感情や欲望に振り回されるそうです。 そして、天候も・・・。 何回も死に何回も生まれてきたそうです、輪廻転生をしているそうです。 私も前世の記憶が無いです、だから、これが正しいのか解りません。
- kobarero
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(1)「死んだらどうなるか?」 あの世へ行って、帰って来た人はいないので、正しい答えは誰も知らないと思います。ただ、どうしても答えを出さなければならないとすれば、一番可能性が高いのは、生まれる前の状態に戻るということかなーと思ってます。 (2)「無になるのかどうか」 これが、非常に不思議なことなんですが、もし、生まれる前の状態に戻るのであれば、また、生まれて来る可能性もあるんですよね。一度は生まれて来たんだから、同じ理由で、また、生まれて来ないという理由はないんですよね。 (3)「僕はそれは、嫌なのですが・・・」 私も無になるのは、いやなんですけどね、でも一方で別な感想もあります。それは、自分が「この世に生まれて来た」のは、全くの「丸儲け」だという感銘ですね。 もともと生まれる前は、それこそ、ちゃんとした「無」だったわけであるにもかかわらず、どのくらいの確率かわからないけど、多分ものすごい低い確率のくじに当たったような感じで、この世に出て来ることができたわけだと思うんですよね。しかも、”ただ”で! だから、それだけで、十分大喜びですね。感謝!感謝! で、この人生やれるだけやってみて、まー最後に死んだとしても、最悪「元」に戻るだけだし、1回でもこの世に生まれて来れて、色々経験も出来て、それって、すごいラッキーだと思いませんか? どうでしょう? おまけに、もしかすると、死んだあと、運がよければ、また、生まれて来るかも知れないし。だって、1回は生まれて来たっていう実績があるんだから。 こんな感じです。
- ohkamisan
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>死んだ後どうなると思いますか? だから、生きている間の演技について観客や 評論家からいろいろ論評され、出演者が反省 会をさせられる思います。使える役者はまた 別の役を与えられて、監督の指示を受け、 新しい役者仲間と打ち合わせ、新しいドラマ を演じる。その繰り返し。 これが真実か妄想かは死んでみないとわから ない。死後、真実を生きている人間に伝える 方法はないので、だれにも肯定できないし否 定もできない。
- Zouroku
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他の方が言われているように,死んだら「無」になると思います.でも無になるのって決して悪くはないと思うのです. jedaiさんが亡くなった後,霊なりゴーストなりになって何億年も永久に存在すると仮定してみてください. 自分の存在から永久に逃れられないなんて気が狂いそうになりませんか?
- blacklabel
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皆怖いのですよ。 怖いから、神を作ったり、死後の世界があるとか妄想することで不安を解消しようとしてるのです。 虚無というくらい何もなくなってしまいます。 逆にビックバンまで遡ってみましょう、何も無かったのですから。 また、何億年も先には地球もなくなります、太陽もなくなります、太陽系がなくなります。 人類全てがなくなります。生まれ変わる場所などもないです。 そして、何もなくなっても今の宇宙は無言のままあるかもしれません。 怖いでしょうが、せめて短い人生を精一杯頑張りましょう。
- bandgap
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死後,鳥になりたいと思っている人は鳥になるんでしょう.空になりたいと思っている人は,空になるんでしょう. ゴーストになりたいと思っているあなたは,きっとゴーストになるんだと思います.
物理的には何もなくなります。(骨は残ると言われそうですが) 精神的な回答を求めるとしたら、宗教の世界になるので考え方または解釈の違いで変わってくると思いますのでここでの回答は難しいのではと思うのです。 それでもあえていうのなら「ゴースト」になれたらいたずらなどして、また新しい楽しみができますね。
- nobitahair
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死んだら形も感覚もなくなるんで、その意味では何もなくなってしまうんでしょう。死んだら「無」に帰すだけです。 でも、死んでも影響は残るんです。生きてきた間にしてきたことの影響や力が。あなたが生きていることが、そして死ぬことが子供や配偶者、有縁無縁の人たちの考え方や人生を変えるかも知れない。すごくすごく些細なことで、もしかしたら世界を変えるかもしれない。いい影響を与えるか、悪い影響を与えるか…。ということで、ある意味では世界のどこかでずっと生き続けるということにもなるのかもしれません。
はじめまして。 全ての生き物は、死んだら朽ち果てて終わりです。死後の世界や霊魂等はありません。墓をたてたり、死後の世界を想像するのは、死に対する恐れを軽減させるためもあるのかもしれません。それはある意味、生きている人間の自己満足とも考えられます。 以上、私のきわめて個人的な意見です。というか、私自身もそう考えようとしているだけかもしれません。「死後」については、人それぞれいろんな考え方があるでしょうし、それで本人が納得していれば、それでいいのではないでしょうか。
補足
これは、皆さんに対する補足なのですが 、僕は今中学生なのですが 死に対して死がとても恐いです。 皆さん怖くないのですか?