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なぜ仮定法では,現在の仮定を過去形で表現するのでしょうか?
根本的な質問です。初歩的に過ぎるのかもしれませんが,疑問の相談にのってください。 なぜ仮定法では,現在の仮定を過去形で,過去の仮定を現在形で,それぞれ表現するのでしょうか? なぜ,自制をずらすことで仮定を表現するのでしょうか? なぜ,ほかの表現方法ではなかったのでしょうか?(たとえば,ifを用いれば仮定法である,とか) つまらないことのようですが,知識を増やしたいので,専門家の方,是非とも啓蒙してください。
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歴史的・学問的に正しい答えとしてはNo.1~No.3の方々が述べてらっしゃる通りなのだと思います。私もすごく勉強になりました。ありがとうございました。 ところで私自身は自分の納得のためだけに考えた理屈がありまして、それがNo.4さんのに近くて少し驚きました。 うまく図解できるといいのですが… 現在 ┌A──→A’ ──────────┤ └B──→B’ この図を直説法の条件文の世界として、 まず、IFを「分岐点」と考えます。 (ちなみにI wonder if ~の「~かどうか」のifにも通用するイメージだと思いますが…むむむ…図示できない…) 分岐して A なら, A'という帰結(結末) または 分岐して B なら, B'という帰結(結末). *AもBも可能性はあります。 (AやBは「現在形」ですので、「分岐点」が現在と考えます。) 一方仮定法過去の場合、 過去 現在 ─────┬A──→A’ │ │ └B──→B’ このようになり、 今現在、A’という現実があるのだが、 仮にパラレルワールド(B’)が現れるような「分岐点」を考えてみると、当然その「分岐点」は、過去にずれることになりますので「過去形」を使うのだと考えてみたわけです。 (本当はAのコースを実線、Bのコースを点線で描きたい~) Back to the Futureでドクがマーティに図示しているのを見て考えつきました。別の現実を生み出すために一旦過去に行って「分岐点」をイジってくる、という感じでしたかねぇ。 以上、「正しい」とは言えませんが、自分では納得しやすく、英語を話したりする時にもこの「時間感覚」で何とかやってます。「なぜだかわからんが仮定法だから時制をずらして…」というのは私にはどうも引っかかりまして。 10年以上前に一部には公に提案してみたことはありますが、あくまでも仮説で、全く根拠付けはしてません。個人的に理解の助けになるようでしたら幸いです。
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- Ganbatteruyo
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アメリカに36年住んでいる者です。 私なりに書かせてくださいね。 たぶん回答にはなっていないと思いますが、自己主張させてください。 (果たして真実の「解答」があるかは私には疑問ですが) この2年半いつも、なぜ日本では英語というと日本語の事を忘れてしまうのか、と考えてしまいます。 #4さんの例文を使わせていただくと、 If I were a bird, I could fly もし鳥だったら今飛べるのにな という事ですね。 もう一度よく日本語文を読んでみてください、 ほとんどの場合、日本語でも、「~だったら」という表現をしますね。 だったら、と言う表現は「過去形」ですね。 日本語でも「もし」が使われると動詞は過去形を使っているのです。 英語では真実と仮想との違いを重要視するのです。 そのため、I could fly.とcouldを使って、真実ではない事を表明しているのです。 人間が鳥ではないという事は真実であるにもかかわらず「わざわざ」過去形を使い、飛べない、と言う真実を、「飛べるのに」というフィーリングを表しているわけです。 日本語では、飛べない、と言う真実を、まず、トリではない、と言う真実を過去形で反対のことをいっているわけですね。 つまり、現在そのような状態にはいないということを「過去形」で言う事で、英語と同じように、次に来る事とは関係なく、現在の事を否定している事になります。 しかし、上にも書いたように、その後に書かれていることが直接関係あることなのか、単なる真実以外のものであるかを「気にする」のが英語であり、「気にしない」で文章の意味あいを感じ取るのが日本語である、と言うことに過ぎないわけです。 その気にする違いをどうしたら他の人も分かってくれるのかを表現する形がいつのまにか決まったということでしょう、 言葉としてのフィーリングの伝達表現が「定着した」、と言うことです。 I wish I could do it. (出来ないけど)出来たら、とここでも日本語も過去形です。 つまり、もし~したら、と言う表現が、非日本語使用者からしてみれば、何で日本語には日本人が言う「仮定法」というものがないんだろう、と疑問を持ってもおかしくないわけです。 (飛べないという真実をも過去形で示さないのだろうか) という事で、日本語の専門家のうちどれだけの人が、なぜ日本語では、「もし」が使われると過去形になるんだろう、と言う疑問に対し満足のいける説明ができるでしょうか。 もちろん、この過去形を使わずに「もし~とすると」と現在形を使って表現する人もいます。 (これは、私の回答に疑問を持つ人ならすぐにでもそう感じるでしょう) しかし、もう少し考えてみてください。 何を考えるかというと、「もし~としたら」という表現と「もし~とすると」という表現の違いは何であろうか、と言うことです。 英語の文法にこだわる人は、この日本語の文法にもこだわっているでしょうか。 どうしても私にはこだわってはいない、と思えてなりません。 という事で、こう言う表現をすることで決まったフィーリングの表現をするようになった、と言う回答ではいけないとは私は思いませんので、回答にはなっていないと思われる回答をあえて書かせてもらいました。 英語を習う際にこのような考え方もあってもいいのではないかなと思っている次第です。 これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。
- ir013032
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仮定法はif節の中が反実仮想であるところにポイントがあります。つまり、ifを使う場合、if節の中の内容は現実とは違う、またはまだ現実では起こっていないことが述べられなければならないということなのです。 例えば「if I were a bird, I could fly」 とすると、今の状況は私はトリではない、でも鳥だったら今飛べるのになという意味になりますね。if節のなかのbe動詞をamではなくwereにするのは、現実ではなく反実仮想であることを明示するための作用もあると言えるでしょう。 なので「今飛べる状態」にあるには今より前にトリであるという前提が必要になるので、if節の中が過去形になっているという解釈でいいのではないでしょうか
私も同じ疑問を持ちました。 仮定法というのは大昔の英語の接続法の名残ですね。#1さんも言及されましたが、仮定法過去というのは ドイツ語なら接続法現在にあたり、ドイツ語の直説法現在と接続法第2形は形が良く似ています。ウムラウト(母音字の上に付ける2つの横並びの点)が有るか無いかの違いです。ところが、英語では このような記号を使わなくなり、その為、形の上では2つが一元化してしまったと考えられます。
- sillywalk
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歴史的には仮定法と直接法は別の時制なので、「現在のことを過去形で表現する」というよりは「現在のことを、過去形とたまたま同じ形の仮定法で表現する」と言った方が正確です。 ただ、直接法過去と仮定法とは単なる偶然とは言えないような類似性を持っているので、やはり何らかの関係があると考えるべきなのでしょう。最近の認知言語学の中では、現在から時間的に離れたものを表す過去時制と、現実から離れたところにある仮定の世界を表す仮定法とは、心理的にパラレルであって、そのため過去の表現を拡張して非現実の表現を表すのに使うのだろうと言われてます。 ついでながらifというのは、「AならばB」という条件を表す語であって、事実性の問題とは別ものです。「アクセルを踏めば加速する」というのは単なる因果関係であり、「アクセルを踏むこと」や「加速すること」が現実のことなのか現実に反することなのかについて何らの主張もしていません。仮定法をifで表現してはいけないのか、というのは、「仮定」と「条件」の混同によるものでしょう。
補足
>直接法過去と仮定法とは単なる偶然とは言えないような類似性を持っているので、やはり何らかの関係があると考えるべきなのでしょう。最近の認知言語学の中では、現在から時間的に離れたものを表す過去時制と、現実から離れたところにある仮定の世界を表す仮定法とは、心理的にパラレルであって、そのため過去の表現を拡張して非現実の表現を表すのに使うのだろうと言われてます。 どのような類似性でしょうか? お教え願えれば幸いです。 >仮定法をifで表現してはいけないのか、というのは、「仮定」と「条件」の混同によるものでしょう。 言葉足らずでした。 「条件」のifは限りなくwhenと同義になるので,いっそのこと,英語国民(英語圏の諸国民)は二つを別物として使わなかったのか?というくらいのつもりでした。ご指摘はご尤もでした。念のため,申し添えさせていただきます。
- darii
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直接法は事実を表すのに用いるのに対し、仮定法は事実でないこと(あるいは主観的な事実)を表すのに用います。 仮定法は、西欧語(ラテン語、フランス語、ドイツ語など)の接続法に対応するものですが、それらの言語で、接続法は直接法とは別の独特の形をとります。 英語の仮定法が直説法と同形であるのは、たまたまであると考える方がすっきりするように思います。 ですから、「現在の仮定を過去形で」というのは「現在の事実に反する仮定を、たまたま直説法過去と一致する形で」と考えればいかがでしょう。 なお、「過去の仮定を現在形で」というのは、書き間違いではありませんか。 英語史的問題については、別の方にお願いします。
お礼
なるほどそうですね。 >なお、「過去の仮定を現在形で」というのは、書き間違いではありませんか。 仰るとおりです。ご回答いただいた方々もお察しの通り, 「過去の仮定を現在形で」 というのは, 過去の仮定を過去完了形で の書き間違いでした。“こんなミスをしていなければ,良かったのになぁ”と仮定法過去完了で記させていただきます。
お礼
わ か り や す い !! なんとわかりやすい説明であることでしょう・・・。 英語学的にどうなのかはまったくわかりませんが(私は素人),じつに腑に落ちるご説明です。図示もきれいにできており,私のような者のためには理科の大きく役立ちました。 ありがとうございます!!