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古文の訳について
古典文法書の例文にて 馬頭なる翁仕うまつれり。 訳:(惟喬親王に) 馬寮の長官である老人が狩りのお供で)お仕え申し上げていた。 となっていたのですが、このときの「り」は完了の助動詞の「り」だと思うのですが、この訳だと「~ていた。」となっていて完了と存続が混ざっているように思いました。この場合は存続になるのでしょうか? また、これは前後の文脈から違和感のないように意訳したものなのでしょうか? 回答よろしくお願いします。
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>完了と存続が混ざっているように思いました。 ⇒まさに、「混ざって」います。 これは確かに完了の助動詞の「り」です。本来この語は「~てあり」だったものが母音結合によって短縮した形ですので、もともと「完了+存続」の意味を内包しているのです。ですから、「~てある・いる、~てあった・いた」のように訳されるのはごく自然な解釈ということになります。
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- Nakay702
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回答No.2
質問者からの補足を拝見しました。 >自然な解釈、とのことですが、もしこれの訳出問題が試験等で出された場合、このように訳したほうが自然だった場合はこのように訳してもかまわないんでしょうか? それとも避けたほうがよろしいですか? ⇒避ける必要は全然ありません。「(そう訳したほうが)自然である場合」は、むしろそのように訳すべきだと思います。前後関係や状況に応じて、単なる「完了」の意か、「完了+存続」の意かに訳し分けることになる、ということでしょうね。
質問者
お礼
補足回答ありがとうございます!
お礼
回答ありがとうございます! 母音結合によって短縮した形、という話は初めて聞きました!勉強になります。
補足
自然な解釈、とのことですが、もしこれの訳出問題が試験等で出された場合、このように訳したほうが自然だった場合はこのように訳してもかまわないんでしょうか? それとも避けたほうがよろしいですか?