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縄文人と弥生人
縄文人と弥生人って違う人種なんですか? 縄文時代から弥生時代に変わって何故急に見た目の全然違う人間が出てきたのですか?
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大型船舶や航空機のない時代は、 日本は世界の東の端であり、 ごく稀に北米大陸にまでたどり着けた人々を除けば、 日本列島は最果ての人種のたまり場でした。 また地学的な大陸とのつながりも変化しており、 縄文人が日本に根付いた時期や環境と、 弥生人が日本に現れた時期や環境が違うので、 そもそも両者の日本土着プロセスが全く違うのです。 おそらく縄文人の大半は陸続きの半島状態の日本に 渡ってきて「狩猟・採集」な生活を中心に営んでいたのに比べ、 弥生人は、南方から海流に乗って渡ってきて、 稲作・定住部落などの文化をもたらしたのではないでしょうか?
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- oska2
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>縄文人と弥生人って違う人種なんですか? 分かっている事は、現在の日本人のDNAと中国・朝鮮人のDNAに共通点は無いという事。 一説ですが・・・。 縄文人は、先住日本人=アイヌ人らしいですね。 九州・中四国・近畿でも、アイヌ語の地名が多く残っています。 ※高知県の清流四万十川は、アイヌ語の「シマヌタ」が訛った名前です。 ※シマヌタ=清く澄んだ川の意味。 新たに移住してきた集団=ヤヨイ人が、九州地区を拠点に徐々に先住民を追い出した。 先住民のアイヌ人は、北海道まで逃れた。 神話の神武東征は、侵略者の弥生人と(ナガスネヒコを長とする)縄文人の戦いの記録です。 平安時代でも、坂上田村麻呂は領土拡大の為にアイヌ人と戦っていますよね。 昭和の時代になっても、政府・文科省は「アイヌを先住民と認めない」方針でしたよね。 古事記・日本書紀の記述に反しますから・・・。(笑)
- aeromakki
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縄文人は古モンゴロイドで、弥生人は青島あたりから来た、新モンゴロイドらしいですよ。 中国や韓国は西から遊牧民がたくさんやってきたので、相当古代の民と変わったようですが、 西日本の弥生時代の遺跡の骨と、当時の青島半島あたりの遺跡の骨をDNA鑑定したら、凄く近かったようなんです。 東日本と西日本の田舎の人って、頭骨自体の形も違ってるので、西日本は本当に、帰化人の子孫だらけなんだろうな〜と思います。 そう言いつつ、沖縄の人のほうが、東北の人に頭骨が近いから不思議だな〜とか、TV見ながらよく思いますね。
- gunsin
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氷河期の頃、日本に渡って住んだのが縄文人、その後、大陸から 稲作文化を持ってきて住んだのが弥生人と歴史学者が名付けられた 名称でして、いつの年代から弥生人なのか、明確な区分けは出来て ません、一応、稲作と共に漢字が伝わった万葉集の頃とされてます。 民俗学者の柳田国男は日本列島の住人を山の民、海の民、北の民、 南の民と分けて呼びました、私は、この呼び方に深く共感してます。 この事を発表した時、歴史学者達は猛反発しました。 岩宿遺跡を始め次々と遺跡が発見され、縄文期年代の遺跡 青森三内丸山遺跡が発見されるにつれ、段々と柳田国男さんの 説に近づいている様に感じるのは私だけでしょうか?
- eroero4649
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縄文人がどこからやってきたのかはまだよく分かっていないことが多いです。シベリア経由で北海道から来た人たち、朝鮮半島から渡ってきた人たち、沖縄から島伝いに来た人たちがいることは分かっていますが、どの時代にどこから来たのかは分かりません。縄文時代は1万年くらいあって、そもそも1万年を「縄文時代」でまるっとまとめていいのかという意見も少なくありません。 今から7000年くらい前に、鹿児島の南で「鬼界カルデラ」と呼ばれる大噴火がありました。この噴火のせいで、少なくとも九州と四国の縄文人は全滅したと思われます。九州と四国だけではなく、西日本全体が人類がいなくなったか、それに近い状態だったと予測されます。 1000年くらい人が住まない時代があったのではないかといわれています。 なので縄文中期から末期は西日本は極端に人が少なかったと思われるんですね。そこに、朝鮮半島から弥生人に相当する人たちが中国の戦乱を避けて渡ってきたのではないかといわれています。 教科書的には「急に」かもしれませんが、少なくとも数百年単位、ひょっとしたら1000年くらいの時間をかけて縄文時代から弥生時代になっていったと思われますよ。
- takochann2
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縄文人はかなり昔から日本に住んでいて、ホモサピエンスがアフリカを出てかなり早段階で日本に入ってきた人たちで、弥生時代にはアジア大陸(中国、朝鮮)から新たに入ってきた人たちや、それらとの混血で大きく遺伝子が変わったため、そのようになった。