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なぜ社会主義者が農村に入り込んできたのか?
なぜ戦後、社会主義者が農村に入り込み、秩序を崩壊させ、規制でがんじがらめにして自由を奪ったのか。 スラヴ娘の別れ https://youtu.be/HbtQDNGdHYc
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- fujic-1990
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1番回答者です。補足させてください。 戦後、農村に入ってきたと言えば、非社会主義的な、個人の権利主張つまり民主主義でしょうね。 それまでは全員が「そういうものだ」としてまったく不思議に思わなかった価値観が、戦後「個人による権利主張」というものが意識され始めたことによって、農村の持つ「社会主義宿命」があぶり出されるようになったのだと思われます。 それまで「当たり前」の事で、なんの疑問ももたれなかった農村秩序に対し疑念を持ち、農民が「規制でがんじがらめにして自由を奪われている」と意識するようになったのは、農村に民主主義思想、権利意識が入り込んできたせいだろうと思うわけです。 「俺はこう思う、こうしたい。なのにこの考えを尊重してもらえないのはおかしい」と、そういうふうに意識されるようになったのだと思います。
- fujic-1990
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もともと農村は、社会主義と親和性が高いのです。 例えば、田に水を引き入れるとき、みんなが引き入れているのに「俺は嫌だ」と言って引き入れず、みんなが共用の用水路の水を干しているときに、「俺が田に水を入れたいから用水路に水を流せ」とごねられれば周囲は大迷惑です。 虫や病気の発生を防止するために薬剤を散布するのだってそうです。みんなが薬剤を散布して虫や病気を防いだって、一部の農家が薬剤散布を拒絶し、そこから虫や病気が広がったら周囲が大迷惑です。 トキが餌場にしたり、津島山猫がネズミを捕るために「俺の田に農薬散布を止める」・・・ などは、うまくいったから「美談」になりますが、賠償を覚悟してからやってもらわないと、周辺に大迷惑をかけることになるわけです。 しかし、実際に損害が出てから「賠償しろ」と言ったって、するはず・できるはずはありません。貧しい農家にそんな財産や収入はないのですから。 なので、古来農村というのは、個人の意思・利害は全体の意思・利害の前に圧し潰される宿命を負った存在だったのです。 近年、その宿命が社会主義として理論化され、認識されてきただけの話です。戦後に入り込んできたわけではありません。