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一般庶民にとって平穏(幸せ)な時代

「歴史」というと、偉い政治家だとか殿様だとかに、ついつい関心を持ってしまうのですが、一般庶民にだって「歴史」というのはあると思います。 日本史の中で、「一般庶民」にとって、最も辛く、不幸せな時代は太平洋戦争の時代だったと私は思います……乏しい歴史知識……が、最も平穏(幸せ)な時代というのはいつの時代だったのでしょうか???その理由も含めてお考えを披露していただきたいと思い質問させていただきました。 そもそも「一般庶民」だとか、「平穏(幸せ)」という曖昧な概念を含む質問ですので、BAは選びません。勝手に解釈をしてご回答をいただければ幸いです。

みんなの回答

noname#233923
noname#233923
回答No.7

一般庶民が、お蔭参りを盛大に行っていた時代。 お蔭参りの最大の特徴として、奉公人などが主人に無断で、または子供が親に無断で参詣したことにある。大金を持たなくても信心の旅ということで沿道の施しを受けることができた時期でもあった。 現代では会社に無断ではできない。

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 一般庶民が、お蔭参りを盛大に行っていた時代。……江戸時代なのでしょうか???

  • staratras
  • ベストアンサー率41% (1512/3682)
回答No.6

日本の場合、百年単位で見れば大地震が起きなかった世紀はなかっただろうと思われますので、この点だけを強調すれば「日本史には「平穏な時代」はなく、これからもないだろう」という結論になってしまいそうです。そこで大地震・大津波などの大きな自然災害はひとまず除外して考えることにします。 戦乱などの一時期を除けば、おおむねいつの時代も「その時代における「現代(現在)」が「最も平穏(幸福)な時代」で、一般庶民は「今が一番良い」と考えることが幸福なのではないかと思います。例えば「健康」につながる「医療」に関して、荻生徂徠という江戸時代の物知りの学者は「南留別志(なるべし)」という随筆の中で次のように述べています。 一、源氏物語を見れば病に薬用ふる事はすくなくて、大かたは、祈祷をのみしたるやうなり。今も田舎のものはかくのごとし。鬼を尚べる風俗の弊なるべし。 一、延喜式にのせたる薬種を見れば、今の世の医術に用ふる品にあらず。千金方、外臺秘要などの流なるべし。異国も宋朝より医術一変したり。 確かに平安時代と比べれば、江戸時代の医学は相当進歩しています。徂徠の時代よりは後ですが、江戸時代の終わりになれば西洋医学を学ぶ医者(蘭方医)も多くなり、天然痘予防のための種痘が行われるようになっています。藤原不比等の4人の息子が相次いで天然痘と見られる疫病で死亡した奈良時代とは大違いです。当時の多くの人は「現代が最も平穏(幸福)だ」と考えていたでしょう。 60代半ばの回答者の個人的な体験から見ても「現代(現在)」です。昭和30年代の高度成長期には白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の「三種の神器」が次々に我が家にやってきた「平穏(幸福)な時代」でありましたし、バブル経済の時代も普通の勤め人でそれほど「いい思い」をしたわけではありませんが、それなりに「平穏(幸福)な時代」でした。 ただしこの2つの時代は「懸命に走り続けた時代」で、これから豊かになっていくだろうという「将来に対する期待感」はありましたが、「穏やかさ」にはやや欠ける部分がありました。そして今は豊かさには陰りが見えて、逆に「将来に対する不安感」があるものの、ガツガツしないある種の「穏やかさ」はあります。 「すべて平穏で幸福な時代」は当分やっては来ないが、いつも「それなりに平穏で幸福な時代」ではあると思います。

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 日本の場合、~~「日本史には「平穏な時代」はなく、これからもないだろう」という結論になってしまいそうです。……私も先月、大きな地震を体験し、お説、ごもっともという気がします。 一般庶民は「今が一番良い」と考えることが幸福なのではないかと思います。……大切なことだと思いますが、禅問答のようで、私の能力では理解が及ばないところもあります。<(_ _)> ただ、こと医学ということに関しては、私も、もう治らない病気を3つほど抱えており、まさに「現代医学のおかげで生きている」という状態なので、「現代」が一番有り難いことは確かです。現代医学がなければとっくの昔に……。(*^_^*) 「将来に対する不安感」があるものの、ガツガツしないある種の「穏やかさ」はあります。……分かるような気はします。そして、このことが世代間の違いによる「価値観の違い」というのも、より明確になってきているように感じます。 「すべて平穏で幸福な時代」は当分やっては来ないが、いつも「それなりに平穏で幸福な時代」ではあると思います。……続いて欲しいですね。

回答No.5

幸せな時代ならば昭和の終わりから平成はじめのバブル期だったと思います。 受験戦争だ交通戦争だ消費税始まったとかありましたし、海外では天安門事件とかきな臭いこともありましたが、日本国内の一般庶民が幸せだったと思います。 バブル期はセレブだけが享受していたわけではなかったそうですよ。 一般家庭も浮かれていたようです。 何せレベルの高い学校さえ出ていれば大企業に入社出来たとか、高卒は金の卵とかという時代でしたから。 でも平穏な・・・といえばちょっと違うような。 戦後しばらく経ってから昭和30年頃の東京オリンピック前辺り。 映画「ALWAYS三丁目の夕日」のような? そんなに豊かでは無いけど、地方では平穏そのもの(東京はオリンピック準備で騒がしい)だったのでは?

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 幸せな時代ならば昭和の終わりから平成はじめのバブル期だったと思います。……「一億総中流」といわれた時代でしょうか???何となく分かるような気がします。 でも平穏な・・・といえばちょっと違うような。……そこまでは気づきませんでした。 映画「ALWAYS三丁目の夕日」のような?……分かるような気がします。漫画の「三丁目の夕日」は今でも幼少期を想いだし懐かしくて読みますが、映画は観ていません。というよりも、「映画」の1本や2本では、あの時代は表現できないだろうという歪んだ先入観があって、あえて観ませんでした。(*^_^*)あの時代、九州のド田舎に住んでおり、「炭住」で生活していました。「炭住」って分かりますか???長屋が限りなく連なり、アオッパナを垂らしたガキ(私もそのひとり)どもがあふれて、あちらこちらにたむろしていて、まさに「三丁目の夕日」以上の世界でした。(*^_^*)大人のやることといえば「あれしかないのか???」と思うほど子どもが沢山いましたね。現代に比べると親もたくましかっただろうが、子どものほうがもっとたくましかった時代だったという印象が残っています。(*^_^*)それに、今の日本人が失ってしまった「何か」があったように思います。

  • 4017B
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回答No.4

日本スゴイ論者がよく言う「縄文時代は戦争が無く平和だった」というのは何の科学的根拠も無い憶測(願望?)です。現在までにざっと… + 栄原1遺跡(北海道) : 射殺 + 宮野貝塚(岩手県) : 射殺 + 三貫地遺跡(福島県) : 射殺 + 高根木戸遺跡(千葉県) : 射殺 + 加曽利南貝塚(千葉県) : 刺殺 + 蜆塚貝塚(静岡県) : 射殺 + 伊川津遺跡(愛知県) : 撲殺 + 保美貝塚(愛知県) : 射殺 + 粒江貝塚(岡山県) : 射殺 + 太田貝塚(広島県) : 撲殺 + 上黒岩岩陰遺跡(愛媛県) : 射殺 + 居徳遺跡(高知県) : 射殺 + 深堀遺跡(長崎県) : 射殺 + 宮下貝塚(長崎県) : 射殺 + 枌洞窟遺跡(大分県) : 射殺 ~以上の「縄文時代の殺人被害者遺体(人骨)」が発掘されています。今後も続々と「戦争が無い平和な時代の他殺死体」が発掘されていくでしょう。 専門家の間でも縄文時代の戦争に関してはまだ定説と呼べるほどの学説や論拠は定まっておらず、有り体に言えば「弥生時代の様に多くの痕跡が "まだ" 発見されていない」というのが正しい見解です。これは単純に大規模農業が始まる前の人口密度の低さや弓矢などの証拠が残りやすい兵器の開発が進んでいなかった事とも関係していると思われます(絞殺は痕跡が残りにくく、撲殺は事故死との峻別が困難)。 それに何より、そもそも論から言えば「戦争とは何ぞや?」から始めないといけませんからね(笑)。 ----- 閑話休題。ご質問の「一般庶民にとって平穏幸せな時代」ですが。私見でも良いとの事ですし、またこの様な感傷論?にも似た話になると私見以外はあり得ないと思いますので、自分も私見を述べさせて頂きます。 よく政治家や著名人などが「昔は良かった」的な物言いをしますが(この場合、常に「それに比べて今の世のはけしからん」と続く訳ですが…)。自分は全く反対の立場で、何時如何なる世の時であっても常に「今こそが最良」との立場です。多少なりとも歴史をかじった人間であれば、例え10年程度の事であっても昔が良かった事など一度たりとも無かった事は自明です。 無論、恣意的に紛争地域等の極小範囲歴史を持ち出して「今はこの世の地獄!民主化以前の王国時代は良かった」などと嘯く事は簡単ですが、歴史の流れとは大河の流れの如く決して押し止められないモノであり、それを川辺のほんの一瞬の渦だけを針小棒大に語る事には何ら有意を見いだせません。 日本スゴイ論者が三度の飯よりも大好きな「平和な縄文時代(笑)」ですが、男女共に平均寿命は15歳と推測され(3割程度は60歳まで生きたとする説もあり)、ずっと時代が下がって稲作が全国に広まり和歌などの日本文化が花開いた後の鎌倉時代でも24歳前後です。人生50年どころか30前にほとんどの人が死ぬ様な時代を、どの面下げて「庶民にとって平穏幸せな時代だった」などと言えるでしょうか? 平和な縄文時代、転んで膝を擦りむいたら破傷風で死亡。森でクリ拾い中にクマに遭遇し死亡。川で魚を獲っていたら隣の部族に弓矢で射られて死亡。母親が採って来た山菜を食べたら家族全員がカビ毒で死亡。死亡。死亡。とにかく50年位前までは、子供は当然として大人でもちょっとしたケガや病気、事故や天災で簡単に死んでしまう時代がず~っと続いて来たのが人類の歴史なのです。 人生は悲喜交交と言いますが、そういった呑気な事が言える様になったのも「人は死ななくなった」からであり、辛い事も悲しい事も嬉しい事も、全ては生きていてこその人生なのです。死んだ人間は悲しみもしなければ喜びも感じません、死ねば何も無くなるのです。 江戸時代、大河ドラマなんかでは「元禄時代、町人文化が花開き~」みたいな脳天気なナレーションが入りますが。江戸時代は現代人にはとても耐えられない文化弾圧、言論粛清の時代であり、何となく徳川家を小バカにしてる感じがする~みたいな理由で毎年、何人もの戯作者が逮捕勾留されたり罰金刑や追放刑を受けています。特に御禁制の品物を密輸したとか裏で奴隷売買をしていたとかの落ち度が全く無くとも、着てる着物が贅沢だという理由だけで大店の主人や一族郎党が逮捕勾留され、抗弁の機会も無く全財産を没収されたりしています。自由な気風など全く存在しなかったのです(政府の弾圧に対抗する反骨精神はあった)。 大正時代でも迂闊に「総理の政治を許さない!」みたいな物言いをしようものなら、その日の内に玄関先に特高警察がやって来て逮捕連行され、獄死するまで連日連夜拷問で責め立てられ娑婆には2度と出られません(残された家族や友人知人らも「売国奴」のレッテルを貼られ村八分)。日本が戦争に完全敗北して天皇統治の政治体制がアメリカ主導によって破壊されるまで、高額納税者の男性にしか参政権が無く、女性はもちろん男性でも貧乏と言うだけで政治に物言う機会すら与えれていなかったのです。 それに比べれば「最近、急激に日本は悪くなっている」と自ら感じ、その意見を自発的に述べる機会が許されている今の時代の何とスバラシイ事か!決して皮肉ではありません。この素晴らしい時代を守り、そして後に続く者たちへ伝え、さらにもっと良くなるようにして行く事こそが今の時代に生きる者たちの責務であると感じます。 自分も常日頃から例え目も耳も塞がり自力では動く事さえままならなくなったとしても、それでも1分1秒でも長く生きていたいと思っています。もしも平和で庶民にとって平穏幸せな時代に習い30歳前で死んでいたら、こんな風に名前も知らない人たちとインターネットを経由して話し合ったりする超未来社会の到来を夢見る事すら無く死んでいたのですから、やはり何はともあれ長生きはするモノだと強く感じました!…なんて事を人の目から見れば正に一瞬の命を駆け抜けて行く小さな者たちを見ながら考えるのでした…

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 それに何より、そもそも論から言えば「戦争とは何ぞや?」から始めないといけませんからね(笑)。……「一般庶民」にとって、最も辛く、不幸せな時代は太平洋戦争の時代だったと私は思います、と記述したので、「平穏(幸せ)」の対照として、「戦争」に焦点が当てられ、質問自体の焦点がぼけてしまったことは反省しています。 よく政治家や著名人などが「昔は良かった」的~~昔が良かった事など一度たりとも無かった事は自明です。……そうでしょうか???ご回答の趣旨を曲解しているかも知れませんが、「自明」と言い切れるでしょうか???「歴史」というのは、時の政権だとか、戦争だとか、……そんなことばかりではないですよね。「森羅万象、すべてのことの積み重ね」が「歴史」だと思います。「地球環境問題」だって「歴史」だと、私は思います。そのことを考えると、「昔は良かった」というものはあるし、そこから、反省もし、学び、これからに活かしていくものというのもあるような気がします。「温故知新」という言葉を大切にしなければならないと考えています。 歴史の流れとは大河の流れの如く決して押し止められないモノであり、……私も最近はそう感じます。その流れを、この地球上で最も知能を発達させた「ヒト」が主導しているだけのことだと思います。あえて、「愚かさ」とは言いませんが。「ヒトの欲は、人類の能力以上に膨張するものだ」と。 「庶民にとって平穏幸せな時代だった」などと言えるでしょうか?……これは、「庶民にとって」というよりも、「イノチということにとって」という気もします。 死ねば何も無くなるのです。……同じ意見です。ただ、私は、その境地にまで悟り切れていません。(T_T)(T_T)(T_T) さらにもっと良くなるようにして行く事こそが今の時代に生きる者たちの責務であると感じます。……同感です。 自分も常日頃から例え目も耳も塞がり自力では動く事さえままならなくなったとしても、それでも1分1秒でも長く生きていたいと思っています。……ううぅ~~~ん。良く分かりません。家族が、「1分1秒でも長く生きていてほしい」と願ってくれたとしても、私は、「家族に迷惑を掛けたくない。」という気持ちが強いです。 一瞬の命を駆け抜けて行く小さな者たち……「宿命」としか……知恵がつくほど「宿命」を受け入れがたくなるようにも感じます。

回答No.3

1番辛かったのは戦国時代では? 農民は戦に借り出され死んでいく 平穏は↓の方のとおり縄文時代でしょうね

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 1番辛かったのは戦国時代では?……戦というのは「武士の仕事」ではなかったのですか??? 農民も戦に駆り立てられたということですね。 農民にとっても、武士にとっても、辛いのは、「戦によって農地や農作物が潰されること」というような理解をしていました。

  • NOMED
  • ベストアンサー率30% (522/1726)
回答No.2

縄文時代 遺跡から戦争・争いの痕跡は発見されていない

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 日本史のテストでは30点以上とったことがありませんので、良く分かりませんが、縄文時代というのは、戦争だとか、部族間の争いというのはなかったのかも知れませんね。それに、「一般庶民」というような概念を当てはめるほど階級が分化していなかったのではないか???という気がします。

回答No.1

一部の歴史学者の中では、江戸中期と大正時代だと言われていますね。 江戸中期は戦もなくなり、商業が発達していく時代で活気はあったらしい。 大正時代は、戦争後さらなる文明・文化が発展していった。 どちらも戦いのない時代です。 現在では首相自ら戦争しようと改憲まで企ててる。 平穏な時代は遠のいてる気分です。

noname#238475
質問者

お礼

ありがとうございました。 「戦争」とか「戦」という観点からは、そもそも「軍隊を持たなかった平安時代」のほうが、平穏(幸せ)な時代というべきではないでしょうか???「平安時代の朝廷というのは世界史的にも希有な軍隊を持たない政権でした。」というご回答をいただいたこともあります。400年続いた平安時代に比べると、わずか14年間の大正時代なんて、……そもそも時代区分の仕方の問題もあると思いますが、偉大な明治と長かった昭和に挟まれて埋もれてしまった大正……という印象です。そういえば、「大正デモクラシィー」なんて言葉もありましたよね。 江戸時代については、まさに「家康の偉大さ」というのを感じます。その家康の「先見の明」みたいなものが江戸中期まで幕府を支えた……という印象を持っています。それにしても、ただ、「江戸」だけのことじゃないのか???という印象です。「一般庶民」というのは全国にくまなく散らばっているので。「歴史」の素人ですが。<(_ _)> 現在では首相自ら戦争しようと改憲まで企ててる。……安倍政権を擁護するつもりはありませんし、戦争を仕掛けてはいけないとは思うけど、仕掛けられたときにどうするの???という責任は、「時の政権」の最も重要な課題であることは、日本に限らず、歴史が物語っているのではないでしょうか???

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