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ハゲとマゲ
江戸時代もしくはそれ以前、武士はちょんまげが結えないほどハゲたらどうしていたのでしょうか? やはり出家(したふり含む)したのでしょうか?
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つけ毛・かつら・・・あったようですよ。 NHKの「タイムスクープハンター」でもありました。 武士としてちょんまげが結えないといけないそうで、髪結師が奔走する話でした。 http://yosirin.exblog.jp/13262831/
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髷というのは、あくまでもヘアースタイルです。 どんなデザインの髷をしなければならないなどという、野暮な法令を決めるほど幕府は閑ではありませんでした。 毛が薄くて結えなければそれだけの話です。 現代でも茶髪に文句は行っても、ハゲに文句をいう会社はありません。 西洋人と同じヘアースタルをしろ、などという法令を出したのは明治政府だけです。 風俗習慣を西洋式にして意識を変えろと言う意味でした。 身分職業によって違っていたヘアースタイルを変えてしまう、ということは意識改革としては優れた政治技法です。 町人髷、百姓髷、武家髷などがあったのは、あくまでもシンボルだったからです。 現在のサラリーマンのネクタイと同じです。 定年直後のオジサンが出かけるときにノーネクタイでは心細いのと同じです。 格式形式が喧しい時代ですから、分に応じたヘアースタイルを世間の誰もが要求しました。 町人が武家と同じスタイルに結えば、町人仲間から何を考えているのか、と徹底的に馬鹿にされました。 武家は常に社会の手本であれ、と教育されていました。 武家が町人髷を結えば、武家たる者が何を心得ているのか、と町人からも武家からも馬鹿にされました。 殿様は殿様らしく、家来は家来らしく、町人は町人らしくするということが社会の常識でした。 医者なら医者らしいヘアースタイルをしろ、学者なら学者らしいヘアースタイルをしろと世間から要求されました。 逆にヘアースタイルだけで、身分職業がハッキリ識別できました。 真に便利でした。 現在とは価値観が全く違います。 蛇足 チョン髷というのは、慣用語です。 歴史にうるさいオッサンに言わせると丁髷は年寄りの髷で一般には銀杏髷だとかなんとか言います。 「いなせ」というのは、下町の若い衆がいきがって髷をチョイト横に曲げたデザインを、上から見るといな(ボラの幼魚)の背中のようだというところからきた言葉です。 季節になると江戸の川には「いな」が大量に遡上して来ました。 橋の上から沢山見えました。 そういうスタイルをしていると、いきのいい若い衆だということから「いなせなオアニさん」なんて言葉ができました。
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江戸時代もしくはそれ以前 ということですので、ちょんまげの歴史を書いたヤフーの質問がありました。とても簡潔で、わかり易いものだと思います。ご参考に。 これによれば、ちょんまげの前は、ぼうず頭も流行っていたそうです。 また、髪が結えない場合、ざんばら髪も、TVで見たことがあります。 (1)ちょんまげについて なぜ昔の日本人男性は、ちょんまげの髪型をするようになった... http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1354428768 (2)江戸時代のチョンマゲはハゲの人はどうしてたのでしょうか? http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1064943105?fr=rcmd_chie_detail (3)江戸時代あたりの男性が頭の前からてっぺんを剃るのは禿を隠すために流行したのでしょうか。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12116494232 などなどいろいろあるようですから、後は、お楽しみながら、ご検索下さい。
お礼
タイムスクープハンターは半分ほどしか見てなかったので、見てない回でやっていたとは・・ 好きな番組を例として出していただいたのでベストアンサーにさせていただきました。 時代考証が正確であることを祈ります。