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実践理性について

前回のアンチノミーの質問から考えてみました。 カントのアンチノミーは反対の内容を持ちながら、悟性概念の使用の仕方として適切ではないため、どちらも真である、或いは、どちらも偽であるという結果におわりますが、これが実践理性が要請される契機となるのでしょうか? なかなか理解できなく困っています。お手数ですが解説してくださると非常に助かります。 どうか宜しくお願いします。

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回答No.2

ざっと説明します。 まず、四つのアンチノミーが何を言っているかは大丈夫ですね? カントは『純粋理性批判』のなかで第一と第二に関しては、定立も反定立もともに誤りであると言います。 問題は第三の「自由」、第四の必然的存在者に関してのアンチノミーです。これは、定立も反定立も共に真であり得ると考えたのです。 自然界においては、一切は因果律によって規定されていて自由の存在を考えることはできず、また世界の中に絶対に必然的な何ものが存在すると考えることはできない。となると、定立の側は退けられ、反定立の側が肯定されなければなりません。 けれども自然界は、単に現象界であるに過ぎないものです。そうしてわたしたちが認識しうるのは、その現象界にとどまっており、物自体の世界にあっては妥当しうると考えられるのではないか。 もちろん、定立の側の主張が物自体の世界では妥当すると言っているわけではないのです。物自体はわたしたちの認識を超えたところにあるからです。『純粋理性批判』では、妥当するかもしれない、その可能性は否定できない、と言っているにとどまります。 けれどもカントには人間の意志の自由を基礎づけようという気持ちがありました。そうして、神と自由と魂の不死に対しては〈認識〉としては語り得ないけれども(『純粋理性批判』の領域)、理性のもうひとつの側面、〈実践〉において考え直すことができる、としたわけです。それが「要請」ということです。 この「要請」に関しては http://okwave.jp/qa/q7730502.html でも回答しています。こちらの方が時間をかけて書いているので(笑)わかりやすいかもしれません。 質問者氏がどこで筋道を見失っているのか、ちょっとよくわからないので、まだわからないというところがあったら、聞いてみてください。わたしに答えられる範囲であれば、回答します、と思います。

Gosha1214
質問者

お礼

だいぶ自分の中で整理がついてきました。 この解答を参考にレポートを書いてまとめてみたいと思います。 すばらしい解答、本当にありがとうございます。

その他の回答 (1)

  • kanto-i
  • ベストアンサー率30% (180/596)
回答No.1

悟性をしっかり持って(使える状態にして)なければ、アンチノミーは適切に出せませんよ。 誰かの解釈を鵜呑みにしないで、ご自分で確かめたほうがよろしいかと思います。 考えるのではなく、確かめるって所が味噌です。

Gosha1214
質問者

補足

確かめるとは具体的にどういうことでしょうか? すいません頭が混乱して非常に難しいです

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