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源氏物語の翻訳について
- 源氏物語の翻訳について、A.Waleyの『 TALE OF GENJI 』(帚木 The Broom-Tree)の訳についてわからない箇所や間違いを教えてください。
- A.Waleyの『 TALE OF GENJI 』(帚木 The Broom-Tree)の翻訳でわからない箇所があります。
- 源氏物語の翻訳について、A.Waleyの『 TALE OF GENJI 』(帚木 The Broom-Tree)の訳について質問があります。
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今日は。今日はいい天気ですね。 いつも大変丁寧なお礼をありがとうございます。反応を聞かせて頂くと、とても助かります。 1)『”But suppose that behind some gateway overgrown with vine-weed, in a place where no one knows there is a house at all, there should be locked away some creature of unimagined beauty--with what excitement should we discover her ! 』 >「しかし蔓の雑草で茂り過ぎたある門の後ろに、家があることを全く誰も知らない場所の中に、想像できない美しさの、ある女性がしまいこまれているはずだということを想像してください。万一私たちが彼女を見つけるなら、なんという興奮なんだろう!・・・・・・? ●should に翻弄させられていますが、それ以外は正確に解釈されています。(should は、よほど英語に堪能な人以外は翻弄されます。私もそうで、もう諦めています。) >「suppose」の後の「that」以下は「behind some gateway~unimagined beauty」までですか? ●その通りです。この suppose は「想像する」という意味の命令文というところが確かに原義なのですが、suppose (that) で、ほとんど if と同じに使われているのです。 同様に、supposing, やprovided も if の代替語として使われることがありますので、 ★suppose, supposing, provided=if と、私はまた悪いクセですが、丸暗記しています。 >there should be locked away~・・・・ここのshouldは「はず」ですか? ● if節の中に should ないし were to が使われていたら、それは「万一」の意味です。「仮定法未来」という文法事項で扱われます。ここでは suppose that 節ですが、if節と相同ですので、「万一」の意味です。 >creature・・・・・「女性」と訳しました。「生き物」でもいいのでしょうか? ●creatureは、「(神による)創造物」ですので、「生き物」だったり「人間」だったりします。ここは、明らかに、アダムの肋骨から創られた(冗談です)「女性」ですね。 >with what excitement should we discover her!・・・・感嘆文だと思うのですが、ここは「if」が省略されている文でしょうか? if we should discover her, what excitement it is!・・・・・・? ●suppose that 節がunimagined beautyまで続き、これが帰結節で、感嘆文です。suppose を接続詞と取られてないので混乱されています。 >そうするとwhatは「疑問形容詞」になるでしょうか?前に「with」がついているのが?です。 ●whatは「疑問形容詞」と言ってもいいですが、感嘆詞ですね。 >「with excitement」で「興奮して」となると思いますが、それに「what」が入ってきて・・・・?よくわからない構造です。 ●with what excitement should we discover her !は、with what excitementという強い副詞(句)を文頭に出しているために倒置(we should → should we)となっています。 We should discover her with great excitement. は普通の文章ですが、great をもっと強めたかったらそれを感嘆詞にして、We should discover her with what excitement.ですが、感嘆詞は文頭に出す規則ですので、with what excitement should we discover her !となります。 訳しますと しかしもし、家などあるとはつゆ思わぬようなどこかの場所の、蔦の生い茂る門の向こうに、お思いもよらぬような美しい女性がとじこめられるようにして暮していたとしたら、彼女を見出したときのわたしたちの興奮はどれほどのものになることでしょう。 となります。 字数制限のため、以下別に投稿します。
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- go_urn
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#1です。続きを書きます。 2」『The complete surprise of it, the upsetting of all our wise theories and classifications, would be likely, I think, to lay a strange and sudden enchantment upon us. I imagine her father rather large and gruff; her brother, a surly, ill-looking fellow. 』 >それについての非の打ちどころのない驚きは、すべての私たちの賢明な理論と分類についてかき乱すことは、ありうるでしょう。私は思い描きます、不思議な 突然の魅せられた状態を私たちに置くことを。私は彼女の父がかなり大きく荒々しいのを想像します。彼女の兄(弟)、ぶっきらぼうな、醜い男。・・・・? ●ここは構造が難しいですね。 主語:The complete surprise of it, the upsetting of all our wise theories and classifications, 述語:would be likely to lay 目的語:a strange and sudden enchantment です。 >The complete surprise of it・・・「it」は原則として前出の単数名詞を受けるとすると、「creature」ですか? ●前に「it」は原則として前出の単数名詞を受けると申し上げましたが、例外もあるわけで、「時刻、天気の it」と「状況の it」というのがその代表格です。ここは「状況の it」と考えていいでしょう。「こんなところにいるはずもないと思うようなところに息を呑むような美人を見つけたという状況」ということになります。 >the upsetting of all our wise theories and classifications・・・「the upsetting of all our wise」が 「theories and classifications」にかかっているのでしょうか? この場合「the upsetting of all our wise theories」 and 「classifications」もありうるのでしょうか?区切り方がよくわかりません。 ●upsettingは、upset の動名詞です。upset が目的語を伴う場合、つまり、upset O の場合、これを動名詞化するのに2つの方法があります。1)upsetting O、 2)the upsetting of O です。1)の方が圧倒的に多く使われますが、ここは2)の形です。 つまり、「われわれの小賢しい理論だの分類だのといったものをことごとくひっくり返すこと」という意味になります。 >to layの意味がよくわかりませんでした。layはたくさん意味があるのでどれがはまるのか悩みましたが「置く」にしました。 >to lay a strange and sudden enchantment upon us・・・・「a strange and sudden enchantment」を主語にして訳した方がいいのでしょうか? 「不思議な突然の魅せられた状態が私たちに置かれることを」・・・? ●lay an enchantment upon~「~に魔法をかける」がイディオムです。 http://eow.alc.co.jp/search?q=lay+an+enchantment+on >理論と分類をかき乱す・・・・それほど驚きがある、と言いたいのでしょうか? ●The complete surprise of itとthe upsetting of all our wise theories and classificationsが同格で、全体で主語になっています。「われわれの小賢しい理論だの分類だのといったものをことごとくひっくり返してしまうような、完全な驚きは、私たちに、不思議で不意の魔法をかけてしまうように思われるのです」という訳になります。 >まさかというような意外性があると人の心理として惹かれるような感じですね。 ●2つ要素が摘出できるような気がします。1つは、目の肥えた貴族が、ちょうど美食に飽き果てたグルメが、場末の料理に意外な旨さを見出すように、鄙びたところに漁色する愉しみ、もう1つは、美というものも畢竟相対的なものであって、コンテクスト次第でその魅力を変じるということです。あいかわらず、紫式部の男性理解には恐れ入りますね。 ************************* 《余談》本年もとどまることをしらない読書力に圧倒されそうです。 さて、私のつたない話は、 annus mirabilis たる 1922年の理解を、『国語便覧』に負けないものにしようとするコケの一念で、哀れにも右往左往、脱線・転覆を繰り返しているわけですが、1922年は政治的な意味でも深く記憶に留められるべき年です。それは、この年、ソ連が誕生したからです。(もっともロシア革命の烽火は、第一次大戦中の 1917年に上げられましたが、革命の成就が1922年ということです。) 18世紀後半から19世紀前半にかけて、産業革命が起こります。このことは、古代の農業革命に匹敵するような、人類史上の大きな節目だったわけですが、こういう大きな地殻変動は、社会のあらゆる面に影響を及ぼさずにはいません。土地という財産に基盤を置いていた王侯・貴族が支配階級であった時代から、産業を興し、進取の気性に富む産業資本家(ブルジョワジー)が実権を握る時代へと移っていきます。今と違って、福祉的な考えは社会にまったくありませんでしたから、企業主は労働者をどんなにこき使っても咎められることはありませんでした。今、われわれはサービス残業だの何だのといってブーブー言いますが、この時代の労働者に言わせれば、われわれはそれでもまだ極楽の住人です。彼らは、安い賃金で朝から夜まで、奴隷のように酷使されました。 そういう現実を受けて、社会主義思想というものが18世紀後半から生れてきます。市民革命のときに打ち立てられた「自由、平等、博愛」のスローガンの「平等」原則を強調する思想です。 どんな社会運動もそうですが、いつも急進主義(radicalism)と漸進主義が登場してきます。前者の代表が、共産主義思想(マルクスの『資本論』が1867年です)で、社会の富は平等に分配すべきだというものです。この主義から言わせれば、王侯・貴族はもとより、ブルジョワジーも打倒すべき敵ということになります。(つづく)
お礼
続きの回答も大変丁寧にしてくださってありがとうございます。 ここは文の途中に「I think, 」が入って来たために文の構造が正しく捉えられなくなっていました。 (I think, は挿入で、実際は「would be likely to lay」とつながっているのですね。think to lay~と考えてしまいました) ここの「it」は最初「there should be locked away some creature of unimagined beauty」と考えていましたが、 これだと「that」になるのかなと思い、「it」を使っているので単数名詞を捜しましたが、 例外ということで「状況のit」と理解致しました。 the upsetting of all our wise theories and classifications・・・ ここは【the upsetting of】【all our wise theories and classifications 】というくくりになるということでしょうか? lay an enchantment upon~は「~に魔法をかける」というイディオムだったのですね。 「lay・・・upon」で何かイディオムがあるのかと思ったりしましたが、 上記のイディオムがあるのは想像していませんでした。 (サイトのご紹介ありがとうございました) 正しい訳も書いてくださってありがとうございました。 二つの要素が摘出できる、とのことですが的確に簡潔にまとめてくださってよく理解できました。 『鄙びたところに漁色する愉しみ』は1)の内容、『コンテクスト次第でその魅力を変じる』というのは2)の内容ですね。 紫式部はすぐれた評論家にもなれたでしょうね。 ******************************* 本はご紹介していただいたお話の一端にでも触れたいという衝動で読んでいます。 ロシア革命というと1917年と覚えてしまっていましたが、革命の成就は1922年だったのですね。 労働者の人権が確立するまでにはいろいろな抗争を経ないとそれは勝ち取れないですね。 ときどき100年前に生まれていたらどうだっただろう?ということを考えます。 生まれた国によっても事情が相当違ってくると思いますが、 日本でも今では想像もつかないぐらい過酷な生活だっただろうと思います。 社会主義思想というのは「平等」原則を強調する思想なのですね。 人はみな平等であったら・・・という根本的思想はいいと思うのですが。 社会に適応する思想かというと・・・・難しいですね。 急進主義というのは極端な方に行きがちですね。 マルクスの『資本論』についてですが、『柿の蔕』を借りて読むことができました。 その中で社会主義のことやマルクスのことに触れていますね。二葉亭四迷のことなど。 (二葉亭四迷はもとより、坪内逍遥がたくさんの著名な作家と交流があったのがわかりました。) (また明日投稿します)
お礼
今晩は。いい天気でした。もう少し風が冷たくないとよかったのですが。 いつも大変丁寧に回答をしてくださってありがとうございます。 「should」はその都度辞書を開いてみるのですが、どれにもあてはまりそうな気がしてきてしまいます。 「suppose(that) 」で「if」とほとんど同じに使われるというのは考えていませんでした。 辞書をあらためて読むと『命令形でthat節中に仮定法を用いることもある』と書かれていたので、 これにあてはまることがわかりました。 「suppsing」と「provided」に「・・・・と仮定すると」「もし・・・ならば」の意味があるのも確認できました。 if節の中に「 should 」が出てきたら万一の意味になるというのは以前『桐壺』で 「But should he become a great Officer of State and Councilor of the Realm I see no happy issue,」 (「もし万一このお方が、高官になったり顧問官になったりすれば~) の部分で教えていただいたのを思い出したのですが、 後半の「with what excitement should we discover her !」に出てきた「should」に注目してしまい、 前半の「suppose節」が条件節になっていることに気がつきませんでした。 「creature」は「神による創造物」という視点に立つとよいのですね。 (アダムの肋骨から創ったというのは神にしかできないことですね) 「with what excitement should we discover her」ここは相当考えてしまいました。 (「We should discover her」までは考えられたのですが、「if」が省略されていると思ってしまいました。 そうなると帰結節は「with what excitement 」になるしかないのでは?と思い、 そうなると「with」はどこからもってきたのだろう?とあれこれ考えてしまいました) 回答と解説をいただいてすっきり解決することができました。 「We should discover her with 【great】 excitement.」の「great」が感嘆詞「what」になった、 という変化が勉強になりました。 正確な訳文も書いてくださってありがとうございます。