私も忠臣蔵は大好きです。
忠臣蔵に関する本はたくさん出ていますが、その中で、青春出版社の「『忠臣蔵』の謎学」という文庫本は、よくまとまっていて、面白いです。一読されてみてはいかがでしょうか。監修者の中島康夫氏は全国義士会連合会事務局長をされている方ですから、史料に基づいた内容であると信じてよいと思います。
この本によると、内匠頭の辞世は、「・・・いかにとかせむ」となっています。これは幕府の目付であった多門(おかど)伝八郎のメモ「多門筆記」という史料に出てくるもので、内匠頭自身の直筆が残っているわけではないようです。「『忠臣蔵』の謎学」には多門筆記からのコピーらしい筆跡が載っていますが、たしかに「・・・いかにとかせむ」となっています。
多門伝八郎は目付として内匠頭を取り調べた人ですが、元々内匠頭に好意的であったようです。後に内匠頭切腹の時にも、検死役の副使を命ぜられ、正使の庄田下総守が将軍綱吉の意向通り、内匠頭を庭先で切腹させようとしたのに対し、強硬に反対したようです。(結局、庭先で切腹させられてしまうのですが、このことはさすがに後に問題になり、正使の庄田下総守は罷免されています。都合の悪いことは中間幹部を悪者にして一件落着、という、現代でもよくある話ですね。)
私の個人的な考えですが、「いかに解かせむ」と「いかに問やせむ」は、あまりにもうがち過ぎかと思います。
内匠頭の辞世以外にも、忠臣蔵には後世の創作と疑われるような話が多数ありますね。
私は大高源五の作と言われる
「年の瀬や水の流れと人の身は あした待たるるその宝舟」
が好きなのですが、これもあまりにでき過ぎているという話もあるようです。
真実が明らかになるのも良いのですが、いろいろなことがみんな創作だということになってしまうのも寂しいですね。
お礼
>「風に吹かれて散ってしまう花も名残惜しいけれど、私の気持ちは、もっと名残惜しい、無念だ、この思いをどうしようか、どう伝えようか……」 なるほど。わかりました。 句の大意を教えていただきありがとうございました。 意味をきちんと知りたかったんです。 ところで、やっぱり「いかにとかせむ」と「いかにとやせむ」が、あるようですね。 (伝わるうちに変わっていったのか、不思議なところです。) 「か」でも「や」でも、意味はほとんど同じなのでしょうか?