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浅野内匠頭の辞世の句について
ずっと 「風誘う花よりもなお我はまた春の名残をいかにとやせん」 だと思ってたのですが,今放送中のテレビで「いかにとかせん」と言ってたんです。 テレビ局が嘘を放送する事も無いでしょうし,実際どうなんでしょうか?
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No.2です。再度お邪魔します。 これを言ったら身も蓋もないかもしれませんが、実はこの辞世自体、後世の創作という説もあります。 詳しくは↓をご覧ください。 http://homepage1.nifty.com/longivy/index.htm 「多門筆記」はあくまでも多門伝八郎の個人的なメモに過ぎません。また伝八郎自身が浅野内匠頭に同情して幕府の不条理な処置に憤りを感じたのは事実かもしれませんが、書いた本人があまりにも反骨の士として美化されていて、信憑性がないというのが、後世の創作と疑われる理由だと思います。
その他の回答 (3)
どうしてかは解りませんが、「とかせん」も「とやせん」も両方ありです。 どちらにしても句の訳はまったく同じですから、 どっちが間違いって事はなさそうです。 ただどっちが原文なのかって事はあるでしょうけど。
お礼
ご回答ありがとうございます。 >ただどっちが原文なのかって事はあるでしょうけど。 これが一番の問題ですね。#2さんのご回答によると「とかせん」の写真は有るそうですがそれも本人の物ではないそうですから。 それにしてもなぜ「とやせん」が広く流通したのか?」という疑問が残りますね。
- naomi2002
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この辞世は浅野内匠頭自身が書いた短冊は残ってないそうです。 この辞世の出典は、内匠頭を取り調べた目付、多門(おかど)伝八郎という人が書き残したと言われている「多門筆記」が、おそらく唯一のもののようです。 その「多門筆記」の中に書かれている辞世の写真を本で見たことがあります。 青春文庫の『「忠臣蔵」の謎学』という本です。 その写真によると、やはり「いかにとかせむ」となっています。
お礼
ご回答ありがとうございます。 「とかせん」という記述が有るんですね。まったく知りませんでした。 ではなぜ「とやせん」が広く流通したのでしょうか?
- riko-n
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いかにとやせんですね。 ここに書いてありますよ
お礼
ご回答ありがとうございます。 #2さんのご回答によると「とかせん」が有るようです。
お礼
再度のご回答ありがとうございます。 URLとても参考になりました。結局あやふやですが,両方あることが分かりモヤモヤはなくなりました。 はじめて「とかせん」と聞いたとき,ものすごく違和感を覚えたんです。