• 締切済み

日本語の修正

日本語を勉強しているものです。今日は読書感想文を書いてみたのですが、どなたに直していただければ、嬉しいです。また、説明などがあればさらに助かります。もっと日本語らしい文書があれば、教えてください。 よろしくお願いします。 「一人の知恵」の読後感 実際に一人で外国で生活すると、「一人の知恵」の話が深く理解できるのではないか。もし出会った日本人の方々は親切に手伝ってくれないと、今の私はも日本にいられないだろう。生活が難しいと言っても、日本人にとってそれほど難しくないかもしれない。例えば、日本に来たばかりの時、買い物すらできなかった。もちろん、今でも服などを買う場合、店員さんがいろいろ説明してくれたが、私は半分くらいしかわからない。やはり外国語は外国語のものだから、これをこなして自分の気持を完璧に難しいものである。この間、私は日本人の友達に訪ねた時も、まだ幼稚園に通っている孫さんと話すとき、十分にコミュニケーションが取れず、悔しかった。 焦ても、一日日本語を身につけるのは無理だから、やはりこのように毎日日本語を勉強し続けるのは大事ではないかと思っている。そうした中、ネイティブの日本人の方々の手伝いがないと無理ではないか。まさに松下さんが仰った通り、「この世の中に住む限り、人々はみなつながっていてるから、自分がつまずけば、人も迷惑をする。人に迷惑をかけるくらいなら、一人の知恵で歩まぬほうがいい」。もちろん、教えてもらった知識をしっかり身につけ、出来る限り人に迷惑を掛けず、スムーズにコミュニケーションを取るのは私の責任ではないか。 また、常に感謝な気持を持ち、教えてくれた人に感謝する。周りの人は困るときは、私も力を尽くして手伝ってあげるのは当たり前なことではないかと思う。このような態度で後悔せず有意義な異国生活を送ることができるだろう。

みんなの回答

  • kacashi
  • ベストアンサー率50% (67/134)
回答No.3

1.実際に一人で外国で生活すると、「一人の知恵」の話が深く理解できるのではないか。 1.好みの問題だとは思いますが…。主語(=海外で生活したことのある 「海外で生活したことのある人間は、「一人の知恵」をより深く理解できるのではないか。」 2.もし出会った日本人の方々は親切に手伝ってくれないと、今の私はも日本にいられないだろう。 私の周りの日本人の方々に親切にしてもらえなかったら、今の私は日本にとどまることができなかっただろう。 もし~だったら、~だっただろう。という構文です。~だったら、という文章がすでに仮定(もし)の役割をしているので、文頭の「もし」は省略しています。 3.生活が難しいと言っても、日本人にとってそれほど難しくないかもしれない。 本を読んでいないので、ちょっと意味がわかりませんでした。「?」と思ったので一応…。 4.例えば、日本に来たばかりの時、(私は)買い物すらできなかった。もちろん、(今でも)服などを買う場合、店員さん(が→は)いろいろ説明してくれたが、私は半分くらいしか(意味が)わからない。 (私は):主語はあったほうがいいかと (今でも):私が日本にきたばかりの頃の話をしているのなら、「今でも」はいりません。 ただ、今でも半分くらいしか日本語が理解できないけど、昔は全然理解できなかった、という意味なら、 たとえば~からの一文を「今なら少しは言葉も理解できるが、日本に来たばかりの時、私は日本語がわからず買い物すらできなかった」と変えたらどうでしょう。「日本語がわからず」と付け加えると、どうして買い物ができなかったのかがわかります。 5.やはり外国語は外国語のものだから、これをこなして自分の気持を完璧に難しいものである。  やはり、外国語は母国語ほど満足にはあやつれないので、これをこなして自分の気持ちを完璧に表現するのは、難しいものである。 6. この間、私(は→が)日本人の友達(に→を)訪ねた時も、まだ幼稚園に通っている(お)孫さんと話すとき、十分にコミュニケーションが取れず、悔しかった。 焦(っ)ても、一日(で)日本語を身につけるのは無理だから、やはりこのように毎日日本語を勉強し続けるのは大事ではないかと思っている。 7.そうした中、ネイティブの日本人の方々の手伝いがないと無理ではないか。 そうした中、という言葉はここでは意味が通りにくいので、「それには、~が不可欠である」みたいに、「日本人の手伝いが大事です!」と言ったらどうでしょう。 「それには、ネイティブの日本人の方々の手伝いが不可欠である」 8.まさに松下さんが仰った通り、「この世の中に住む限り、人々はみなつながっていてるから、自分がつまずけば、人も迷惑をする。人に迷惑をかけるくらいなら、一人の知恵で歩まぬほうがいい」。もちろん、教えてもらった知識をしっかり身につけ、出来る限り人に迷惑を掛けず、スムーズにコミュニケーションを取るのは私の責任ではないか。 また、常に感謝(な→の)気持(ち)を持ち、教えてくれた人に感謝する。周りの人は困(ってい)るときは、私も力を尽くして手伝ってあげるのは当たり前(な→の)ことではないかと思う。このような態度で(なら)、後悔せず有意義な異国生活を送ることができるだろう。 こんな感じでどうしょう。 ()内で付け足したり、→であらわした部分は、言葉の言い回しの問題なのであえて説明はつけていません。 うちの弟よりよっぽど日本語がお上手です。 少しでも手助けになればいいんですが。

回答No.2

ANo,1の続きです。先の回答では、長々と【】で、いろいろとご提示させていただきましたが、貴方の日本語勉強法として、こういう方法は効率的ではないと思いました。 松下幸之助さんも結構ですが、是非、日本近代文学の、例えば、森鴎外、夏目漱石の文庫本を読むことをお勧めします。そして、松下さんの著書の感想文を書くのではなく、かつての文豪の文章を書き写すことが、貴方にとっての最適な学習法だと思われます。ほぼ、初期段階を脱出しているわけですから、ステップアップの手段として、小説家の卵のように、明治の文豪の作品を書き写してください。今日のフワフワとした訳の分からない小説では、文法がメチャクチャですし、第一、深みというものがありません。文章のリズムも、最近のものには感じられません。文豪を書き写すことで、日本語のリズムとか、言い回しとか、「てにをは」の感覚が知らず知らずに身に付くものと思われます。 こういうサイトで、様々な方からのアドバイスを戴いても、それぞれに、個性や、その人独特の感覚がありますから、その都度、クルクルと日本語に対する感覚が変わるだけで進歩しません。そもそも、多分、文章をここで直してもらおうという感覚が不自然なのです。直して貰いたければ、精一杯のものを「読後感」の提出を求めた人に差し出して、その人から一貫性のある文法理論に従った説明を受けるべきです。 ご存知ないかも知れませんが、日本では、国語文法学者の数だけ文法がある、と良く言われます。私は、大学で国語学(文法)を学んだ者ですが、文法というのは、そもそも、平安時代の過去にさかのぼって、その辺りの古文書を読み漁った上で決定されるのです。で、昔の書物というものには、同一作品でも、御所本(天皇陛下に献上された御物で多くは宮内庁に所蔵)から様々な流布本(巷間に出回ったもの)までがあって、その読み自体に、学者によって校訂異動が生じますから、文法も個々に違ってきます。そういうことを嫌という程、私は思い知らされたものでした。

回答No.1

こんばんは。また、お付き合いさせていただきます。最初に今回の文章の感想を申し上げますと、前回の方が良いと思いました。今回は、やや、文章が堅苦しくなっています。 日本語を勉強しているもの【「者」の方が読み易いと思います。】です。今日は読書感想文を書いてみたのですが、どなたに直していただければ、嬉しいです。また、説明などがあればさらに助かります。もっと日本語らしい文書があれば、教えてください。 よろしくお願いします。【ここまで殆どパーフェクト(完全)です。「者」の件も、大した問題ではありません。】 「一人の知恵」の読後感 実際に一人で外国で生活すると【~していると、と現在進行形が良いと思います。】、「一人の知恵」の話が深く理解できるのではないか。【ご自身の感覚なのですから、~ではないか、と、疑問形は変ですね。~できるものである。】もし【つまり、として次の理由とか、実例の開示につなげます。】出会った日本人の方々は【が、という限定的な格助詞が良いでしょうね。説明が難しいですが、こう言う時、通常、「は」は用いません。】親切に手伝ってくれないと、【~くれなければ、】今の私はも【?「も」は不要です。】日本にいられないだろう。生活が難しい【~が不景気で苦しい、または、難しい】と言っても、日本人にとって【「は、」を入れた方が、読み易いものになります。】それほど難しくないかもしれない。例えば、【「例えば、」ではなくて、「ところが、私の場合、」とした方が、良いでしょう。例えば、では、何だか訳の分からない事例を出してくるものと不安を感じますが、私の場合としてくれれば、ああ、実例なのかと共感を得られます。】日本に来たばかりの時、買い物すらできなかった。もちろん、今でも服などを買う場合、【場合でも良いのですが、端的に「時」とか「際」の方が、大人の文章になります。近頃、「私の場合は~」と言う女の子が多くなっていますから、端的な言葉がある時に「場合」を使うと軽薄な感じがします。】店員さんがいろいろ説明してくれた【「た」ではなく「る」です。「場合」でも「時」でも、その場合の時の話ですから、過去形ではなく、現在形になります。確かに過去のことですが、場合とか、時といった瞬間に、時制がその時の、現在に戻ってしまうのです。】が、私は半分くらいしかわからない。やはり外国語【「日本語」の方が読み易いです。基本的に同一言葉の重複を避けるというのも、日本語の特徴です。】は外国語のもの【「のもの」は不要かな?】だから、これをこなして自分の気持を完璧に【「相手に伝えるというのは」を追加。】難しいものである。この間【以前】、私は【が】日本人の友達に訪ねた時【際】も、まだ幼稚園に通っている【お】孫さんと話すとき【時】、十分にコミュニケーションが取れず、悔しかった。【悔しかった。というのは、お孫さんと、何かの勝負をしているようで、大人気(おとなげ)ありません。~まだまだ日本語の習得には先が長いぞと思われた。というくらいが良いと思いました。】 焦【「っ」が入ります。ここは、ひらがなをお勧めします。】ても、一日【で】日本語を身につけるのは無理だから、やはりこのように毎日【、】日本語を勉強し続けるのは大事ではないかと思っている。そうした中、【それにつけても、】ネイティブの日本人の方々の手伝いがないと無理ではないか。まさに松下さんが仰った通り、「この世の中に住む限り、人々はみなつながっていてるから、自分がつまずけば、人も迷惑をする。人に迷惑をかけるくらいなら、一人の知恵で歩まぬほうがいい」【ということであろう】。もちろん、教えてもらった知識をしっかり身につけ、出来る限り人に迷惑を掛けず、スムーズにコミュニケーションを取るのは私の責任ではないか。【とれるように、今後も努力を怠らぬようにするつもりである。】 また、常に感謝な【の】気持を持ち、教えてくれた人に【「周囲の人々に」の方が適切です。教えてくれた人だけに感謝するという感じでは、少々、人間性を問われます。】感謝する。【そして、もしも、】周りの人は困るときは、【周りに困っている人を見かけたら、】私も力を尽くして手伝ってあげるのは当たり前なことではないかと思う。【力を尽くして手助けするなど、日本人に対するお返しの意味でも、そうしたいものであると思っている。】このような態度で【おれば、】後悔せず有意義な異国生活を送ることができるだろう。 【異国生活というのが、気になりました。永く日本に同化して生きようとしているのではありませんでしたか。異国と排他的に感じた時、日本語の習得は難しいものになりますよ。】 最後に、もっと、中国の方としてのご意見や感想を率直に言っていただきたいものと思いました。

関連するQ&A