- ベストアンサー
外国語を話せられますか?
質問はタイトルに違和感があるかどうかです。 私は「話せられる」の「話せる」に可能の意味があるのだから、「られる」で可能の意味をつけ加えるのはおかしいと思います。 しかし、「話せられる」という言葉を使った人がいて、その時に、その場にいる数人に聞いたら、変だと思っているのは半分くらいでした。しかも、「話せ」の部分は「話せる」という可能動詞ではという人もいました・・・。 「話す」だけではなく、 「走る」なら「走れられる」、「行く」なら「行けられる」 「言う」なら「言えられる」、「払う」なら「払えられる」 となるらしいです。 皆さんは「話せられる」の部分に違和感はありませんか?
- みんなの回答 (10)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
「話せられる」「走れられる」・・・ 現代共通語にそんな言い方はありません。eatern27さんも「初めて聞いた」とおっしゃっていますし、kawakawaさんも「耳にしたことがない」とおっしゃっています。私もこんな言い方は聞いたことも見たこともありません。 「変だと思っているのは半分くらい」とのことですが、残り半分は、変だと思っていても、自信がなかったり遠慮したりして、口に出さなかっただけではないでしょうか。 おそらく「その人」は、tttt23さんのおっしゃるように、 「食べ+られる」「見せ+られる」 などの形から誤って類推して、 「話せ+られる」 の形(「可能動詞未然形+助動詞」)を勝手に作り出してしまったのでしょう。 とにかく、可能だろうが、尊敬だろうが、可能+尊敬だろうが、現代共通語にこんな言い方はありません。これ以上さかしらな説明は不要だと思いますがいかがでしょうか。
その他の回答 (9)
- big_barn
- ベストアンサー率40% (31/77)
こんばんは。 結論から申しますと、「話せられる」を【可能】の意味で用いるのは誤用だと考えられます。 【可能】の表現は非常に不安定です。 「話せる」というのは、eatern27さんのおしゃるように、『可能動詞』というものに分類されることもあります。あるいは『五段活用動詞』の『仮定形』に助動詞「る」が接続していると考えることもできるのですが、一般的にはそのようには解釈されておりません。なぜなら、現代口語学校文法では【可能】の助動詞は「れる」「られる」の2種類しか認定されていないためです。 では、『五段活用動詞』の『可能形』の解釈について少し詳しく書かせていただきます。【可能】の助動詞「れる」は『五段動詞』と『サ変動詞』に、「られる」はその他の動詞に接続するとされています。したがって、『五段動詞』「行く」の本来の『可能形』は「行かれる」となります。「行く(yuku)」は「yuk」が語幹で、「u」が語尾となりますが、助動詞「れる」は『未然形接続』なので「行か(yuka)」に接続し、「行かれる」となりますが、これは問題ないと思います。 そこで、おなじ理屈で同様の『五段動詞』「話す」「走る」「言う」「払う」の『可能形』考えると、それぞれ「話される」「走られる」「言われる」「払われる」となってしまい、これは????って感じです。下記の方々が仰るように、【可能】の意味をまったく表さないわけではありませんが・・・。『否定形』がそれぞれ「行かない」「話さない」「走らない」「言わない」「払わない」なので、理屈としては間違っていないはずです。 しかし、実際には「話される」「走られる」「言われる」「払われる」といえば、【可能】よりむしろ【受身】あるいは【尊敬】の表現になりますので、学校文法では「行かれる」などの一部を除いては「行ける」「話せる」「走れる」「言える」「払える」を『可能動詞』として扱っています。おそらく、かつては「話される」で【可能】の意味を十分に含有していたのだと考えられます。そこで、このように『可能動詞』という概念を導入すると、『活用』をどのように考えればよいかともうしますと。 未然形 「話せ-ない」 連体形 「話せ-ます」 終止形 「話せる」 連体形 「話せる-とき」 仮定形 「話せれ-ば」 となり、『下一段活用動詞』と解釈することが出来ます。 しかし、「行ける」「話せる」「走れる」「言える」「払える」などの『可能形』を『五段動詞の仮定形』「行け-」「話せ-」「走れ-」「言え-」「払え-」に【可能】の助動詞「る」が接続すると考えると、この場合は、未然形、連体形では助動詞「る」が欠落してしまいます。 したがって、「話せる」は、『サ行下一段活用』の『可能動詞』と考えるのが妥当となります。 「話せられる」は『可能動詞』に【尊敬】の「られる」が接続した、『可能尊敬形』と解釈することが出来ないことはありません。しかし、「走れられる」「行けられる」「言えられる」「払えられる」は【可能尊敬】とも考えにくいですよね。 結局は、〈尊敬〉の対象となる人に対して〈可能〉か〈不可能〉か尋ねるのは失礼に当たるので、【可能尊敬】なる表現は本質的に存在し得ないのではないでしょうか? 例えば、〈尊敬〉の対象になる人に「行く」「話す」「走る」「言う」「払う」ことが可能か否か尋ねたければ、 「社長は何時の便で行かれますか」(→『尊敬語』「いらっしゃる」の方がより適切ですが・・・。) 「先生は中国語を話されますか」 「部長の息子さんも走られるんですか」 など、 と【尊敬】の助動詞を使って言うことが適切と考えられます。 というわけで、いずれにせよ「話せられる」は誤用とかんがえられます。 『「ら」ぬき言葉』や『「さ」いり言葉』などがあるように、【受身】【尊敬】【可能】【自発】および【使役】の表現は非常に不安定ですね。そのなかでも特に【可能】は。 本題とずれ、読みにくく長い文章になってしまいましたが、ご参考になればと思います。 それでは。
お礼
詳しい分析ありがとうございます。 確かに、「れる」「られる」って不安定ですよね。確か、古文で、「る」「らる」は下に打消の助動詞を伴う事が多いと習った記憶があります。それに、可能の意味を持つ助動詞は他にも「べし」がありますから、そっちを使っていたのでしょうね。
- tttt23
- ベストアンサー率25% (76/303)
可能の尊敬語かと思っていましたが、単なる可能なのですね。 「食べる」の可能が「食べられる」であることの類推から、 「話せる」を「話せられる」と言ったのかも分かりません。 現代の日本語としてはおかしいですね。
お礼
やっぱり、おかしいですよね。 「食べる」と「食べられる」の辺りから、そう思っていたというのは、ありえる話かもしれません。 回答ありがとうございました。(遅くなってすいません)
- pippy
- ベストアンサー率50% (232/458)
#6です。 先の回答で少し誤解を招きそうなので補足しておきます。 #6の回答はあくまでも「話せる」にこだわった場合です。「話せられる」を品詞分解するとどうしても「話せる」と考えざるを得ないからです。 しかしそのフレーズを使った方は「可能」を意図していたのではなく、二重敬語を意図していたのだと考えられます。 従いまして、その意味では他の方が指摘なさっているように、「お話になられる」「お話しなさる」「お話になる」が正しいフレーズになります。
お礼
他の方の補足にも書いた通り「られる」は状況からして可能の意味です。(説明不足ですいませんでした) 回答ありがとうございました。
- pippy
- ベストアンサー率50% (232/458)
おかしいです。 可能・尊敬・受身などの意味を表す助動詞「られる」が接続できるのは上一段、下一段、カ変、サ変の動詞、助動詞に限ります。 従って、下二段動詞の「話せる」に続けることはできません。 違和感があると感じたのはもっともなことで、そもそも文法上明らかに間違っています。 さて、では正しい日本語ではどうなるでしょうか。 ○可能 既に「話せる」自体が「話す」可能の意味をもっているので、 二重に可能の意味を加えることはできません。 ○受身 「話せる」は自動詞なので受身にできません。 ○尊敬 「話せる」に尊敬の意味を加えることはできます。ただ、先に述べたように「られる」は使えないので、「お話になられる/お話しすることができる」などになります。
補足
回答ありがとうございます。 「話せる」って下二段動詞なんですか? 下二段動詞の活用は確か -e,-e,-u,-uる,-uれ,-eよ ではありませんでしたか?"-eる"というのが出てきません・・・。 そもそも現代語に下二段動詞はないと習った事があるような(ないような) 本当の所はどうなんでしょう?
- ribisi
- ベストアンサー率28% (247/864)
ものすごく違和感があります。誤用だと思います。 可能かどうかに論点をおくなら、 話せますか、走れますか、行けますか、言えますか、 払えますか とするか、「○○することができますか」になると思います。 また、下記の方々が仰る「話されますか」も、個人的には違和感を感じます。 「お話しになりますか」のほうがきれいな日本語だと感じます。
お礼
言われてみれば、「話されますか」って違和感かもしれません。「お話になりますか」の方がきれいですね。 回答ありがとうございました。
- PAPA0427
- ベストアンサー率22% (559/2488)
むっちゃ違和感あります。 「られますか」は形容動詞ですから、動詞にくっ付けると2重ですね。 #1さんの仰る通り、「話されますか?」が適当と思います。場合によっては「話できますか?」でも良いとは思いますが丁寧な言い方ではありませんね。 敬語の誤用でしょうね。
補足
#1さんの補足にも書きましたが、「られる」は可能の意味です。 少し思い出したのですが、 友人は、「話せるか。」という問いかけに対して「話せられる」と答えました。 回答ありがとうございました。
- kawakawa
- ベストアンサー率41% (1452/3497)
「話されますか」「話すことができますか」 という表現が妥当でしょうネ。 「走る」は「走れる」 「行く」は「行ける」 「言う」は「言える」 「払う」は「払える」 というのが,現代日本語ではないかと思いますが… 少なくとも,私の周辺でご質問内の用法は耳にしたことがありません。 以上kawakawaでした
お礼
「走れられる」と使うと言った人は多分、「走れる」とも言うけれど、「走れられる」とも言う。という意味で言っていたのだと思います。 私も質問内の用法はあの時初めて聞きました。 回答ありがとうございました。
- shigechama
- ベストアンサー率30% (237/768)
タイトルを見て、どういう意味?って思いました。 「話す」の可能の意味ならやはり「話せる」か「話すことができる」ですよね。 でも、ご質問の状況からすると、相手に対する尊敬の意味もはいってるみたいですね。 「話すことができますか」の尊敬でしょうか。 そうすると「お話になることができますか」か 「話すことがおできになりますか」でしょうか。 素人考えで自信はありませんが、、、。
お礼
私も最初に聞いた時、どういう意味?って思いました。2,3回聞き直して、何を言いたいのかが分かりました。その間、「二重否定は肯定だから、二重可能は不可能か?」みたいなよく分からない事まで考えていました。 ※#1さんの補足にも書きましたが、「られる」は可能の意味です。「話せられる」と言った友人は尊敬語を使う人でもないので・・・。 回答ありがとうございました。
- mak0chan
- ベストアンサー率40% (1109/2754)
違和感あります。 「外国語を話されますか。」 でよいと思います。 ついでに、末尾の「?」も違和感あります。日本語を深く研究しておられるeatern27さんだけになお。
お礼
やっぱり違和感ありますよね。 >末尾の「?」も違和感あります。 そうですか?(←にも違和感あるのでしょうね) 私は何の違和感もなく使っていますが、知らないうちに変な日本語を使っていたとは・・・ 回答ありがとうございました。
補足
説明不足だったかもしれません。 「話せられる」の「られる」は可能の意味です。尊敬の意味ではありません。 友人と私が話している時に言っていたので、状況からして尊敬の意味ではありませんでした。
お礼
回答ありがとうございます。 >残り半分は、変だと思っていても、自信がなかったり遠慮したりして、口に出さなかっただけではないでしょうか。 残りの半分は使うと言っていました。半分とは言っても、数人(5,6人)のうちの半分(2,3人)ですから、たいした人数ではありませんが。