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戦前の東京
戦前日本には、都市内に活気のある場所と、すこし静かな場所が同時に存在したのでしょうか? 戦後から今に至る日本では、環境問題より経済成長を目指したためか、 どこもかしこも、(海外のヨーロッパなどの都市と比べて)騒がしいという印象を受けます。 ヨーロッパや北アメリカを旅したことがあるのですが、 (京都の鴨川からでもいえることですが)川や緑のまわりは比較的落ち着いていて穏やかな印象をうけ、それ意外の高速ビルやショップが立ち並ぶ場では賑やかでした。 これは、戦前の日本にあった風景なのでしょうか? 資料などがありましたら添付していただくと助かります。 ジャンルを歴史か環境系にしようと思ったのですが、 戦前から今に至る環境、ということで歴史のジャンルにさせていただきました。 回答よろしくおねがいします。
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- ucok
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首都圏の自宅でこれを書いていますが、今は虫の音しか聞こえません。昼間は鳥のさえずりしか聞こえないことがよくあります。緑もたっぷりとあります。さっき駅ひとつ向こうまで行ったら、タヌキがいました。先週はカエルも見ました。子供たちはザリガニ釣りをしますし、車で10分のところでホタルを見られます。新幹線の駅まで自転車で10分、4車線の国道まで徒歩15分です。 ちなみに、実家は東京23区内で駅から徒歩7分ですが、飲食店を開業してはいけない地域です。高級住宅地ではありません。40年前には、庭のカエルやバッタでいつも遊んでいたものです。世田谷区などは、もともと別荘地でしたが、東京五輪の中心地となった駒沢公園は今も緑豊かで静かですよね。羽根木プレイパークも有名です。もっと昔から栄えていた日暮里周辺も、古い東京を観光したい人にうってつけの静かな散歩道があります。 古い写真などなら、図書館や歴史博物館などで見ることができますが、今も都市は静かですからねえ。図書館といえば、都立中央図書館を囲む有栖川公園や、横浜市中央図書館の裏手にある野毛山もおすすめの自然スポットですよ。私もヨーロッパや北アメリカに何度か行きましたが、そういう意味での大きな差は感じません。
- k16399638
- ベストアンサー率33% (342/1035)
漫談ですが。 基本的に当時の東京は、山手線(省線)の内側が都市機能の中核であり、銀座線、戦前からある私鉄の外は、まだまだ未開発です。 あとは木と紙の家が多かったこと。関東大震災でいったん都市開発にリセットがかかったこと。地震が多いので高層ビルができなかったこと、がありフラットな印象です。何百年ももった建築物を探すほうが難しいでしょう。経済成長によって、上ではなく後述する同心円理論による「外への成長」がおきやすい都市だったので、騒がしい部分がデーロンとひろがった感じがあります。 軍隊、陸軍連隊が麻布、赤坂にありましたが、そのラッパが聞こえる範囲に兵舎の外で暮らしている人は住むのがお約束でした(世帯持ちの人など)。東京でいえば青山、遠くて渋谷、代々木、麹町、四谷が限度です。逆に言うと、この範囲なら麻布・赤坂のラッパが聞こえたわけです(もちろん、ラッパのメロディ、つまり「内容」もわかる範囲で)。 東京は同心円理論に基づいた健全な近代都市です。つまり、環状線(山手線、道路は環八、環七)がキチンと整備された町でした。つまり、山手線にのることができる人は、山手線沿線の都市機能を簡単に利用できるわけです。大阪もそうですよね。 近代都市として苦しいのは京都で、碁盤目に近代インフラをするのはたいへん困難です。
お礼
お二人とも、回答をありがとうございました。 とても参考になりました。